気分の落ち込みは誰もが経験しますが、これがうつ病などへ深刻化すると社会生活を送ることも困難になってきます。
そのため抑うつ状態(気分の落ち込み)を回避するため、1人で抱え込まないとか、定期的に気分転換しましょう、などの対策も見かけますが、そういった方法はうつ症状を持つ人には実行することが難しい場合も多いでしょう。
一方でうつ症状は、食事や栄養状態から改善できるという報告もあります。ただ、これも複雑な献立などを提案されては実行が困難です。
誰もが日常生活に自然に取り入れて実行できるような、簡単なうつ症状の軽減方法はないのでしょうか?
最近、アメリカのアリゾナ州立大学(ASU)に所属するヘイリー・バロン氏ら研究チームは、酢を毎日摂取することが抑うつ症状を軽減するのに役立つかもしれないと報告しました。
酢は簡単に手に入り、特に調理の必要なく摂取できるため、うつ病や抑うつ症状で悩んでいる人も気軽に試すことができるでしょう。そのためかなり実用的な方法と言えます。
研究の詳細は、2024年7月18日付の学術誌『Nutrients』に掲載されました。
目次
- 健康リスクの少ないうつ病対策に注目が集まる
- 毎日の酢が抑うつ症状を42%も減少させる
健康リスクの少ないうつ病対策に注目が集まる
バロン氏らは、うつ病に関して次のように述べています。
「うつ病は、世界で最も蔓延している精神疾患である」
この言葉に多くの人が同意するでしょう。
自分がうつ病になることもあれば、「家族や友人がうつ病だ」という人も多く、それらの人は、抗うつ剤を使用しているかもしれません。
しかしバロン氏は、「一般的に処方される抗うつ剤には、重篤な副作用が出るケースがあり、得られる効果は人によって大きく異なる」と指摘しています。
うつ病になると、脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリン(意欲や活力に関わる)が減少するため、これを抗うつ剤で増加させてバランスを整え、落ち込みや意欲の低下、不安などを和らげることができます。
これにより多くの患者が救われているものの、下痢や強い眠気、体重増加といった副作用が伴うことがあります。
こうした薬の副作用は、体が慣れるにつれ軽減されていくとされますが、出来れば薬物治療に頼らず解決したいと考える人は多いでしょう。
こうした背景もあって、専門家たちの間では、抑うつ症状を軽減する「リスクのない健康食品」を探すことが、予防と治療における1つの戦略として認識され始めています。
例えば近年の研究では、抑うつ症状の軽減と抗酸化・抗炎症作用の関係が注目されています。
ビタミンDやビタミンE、クルクミンなどは抗酸化作用を通じて、脳の健康を維持し、抑うつ症状を軽減すると考えられてきました。
ではより一般的で、献立を考える手間もなく摂取できる食品はないのでしょうか?
そこで今回、バロン氏ら研究チームが着目したのが、健康食品として一般的な「酢」です。
最近の他の研究でも、「酢が抑うつ症状を軽減させる可能性がある」と示唆されており、バロン氏らの研究は、酢の効果を改めて確かめることにしたのです。
毎日の酢が抑うつ症状を42%も減少させる
実験には、太り気味であるものの、それ以外は健康な成人28名が参加し、4週間毎日酢を摂取してもらいました。
彼らは、2つのグループに分けられ、片方は赤ワインビネガー(赤ブドウを原料とした酢)大さじ2杯を1日2回摂取(計2.95g)しました。
もう片方のグループは、対照群としてごく少量の酢が入ったカプセル(0.025g)を毎日摂取しました。
そしてテスト期間中、「PHQ-9(うつ病を評価する質問項目)」など、いくつかの質問票を用いて、抑うつ症状の変化を調べました。
その結果、ごく僅かな量しか摂取していない対照群でも、PHQ-9における抑うつ症状のスコアが18%減少しており、さらに酢の摂取量が多いワインビネガーのグループでは、スコアが42%も減少したのです。
これは毎日スプーン数杯の酢を飲むだけで、抑うつ症状を大きく低減できる可能性を示唆しています。
さらにこの研究では、酢が抑うつ症状を軽減させる理由を探るため、参加者の体に生じた変化も調べました。
その結果、ワインビネガーを毎日飲んだグループの全員で、ビタミンB群の1つである「ニコチンアミド」のレベルが86%上昇していました。
この栄養素は、以前から抗炎症作用があることで知られています。
これまでにも抑うつ症状の軽減には、抗酸化・抗炎症作用をもつ栄養素が効果的だと考えられてきましたが、酢もまた同様のメカニズムで良い効果を発揮する可能性があるのです。
バロン氏も、次のように述べています。
「今回のデータは、4週間にわたって毎日酢を摂取すると、抑うつ症状(自己申告)が改善することを示しています。
また、ビタミンBにおける代謝の変化が、この改善に関与している可能性があります」
ただし、研究にはいくつかの限界があります。
サンプルサイズが小さく、参加者はもともと軽度の抑うつ症状しか示していませんでした。
そのため、正式にうつ病と診断され、長年苦しんでいる人に対して、毎日の酢がどこまで効果をもたらすのかは分かりません。
それでもバロン氏らは、今回の結果に前向きな見解を示しており、酢と抑うつ症状の軽減の関連性をいっそう詳しく調べる価値があると述べています。
気分が落ち込んでいる状態だと、普段の食事に気を遣うのが難しくなったり、積極的に何かを楽しむ意欲も低下してしまう場合があります。
そのため多くのうつ病対策が、実行すら難しくなることも少なくありませんが、毎日酢を飲むというだけなら、実行できるかもしれません。
酢を毎日飲むこと自体は健康に良いので、こうした効果も期待しつつ、日々の生活に取り入れるのは悪くないでしょう。
参考文献
Vinegar Has a Surprising Effect on Depression, Study Finds
https://www.sciencealert.com/vinegar-has-a-surprising-effect-on-depression-study-finds
元論文
Daily Vinegar Ingestion Improves Depression and Enhances Niacin Metabolism in Overweight Adults: A Randomized Controlled Trial
https://doi.org/10.3390/nu16142305
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部