今から約6600万年前、メキシコのユカタン半島沖に直撃して恐竜時代を終わらせた「チクシュルーブ衝突体」。
この隕石が一体どこから飛んできたものなのかは、今日まで解き明かされていませんでした。
しかし今回、独ケルン大学(University of Cologne)の研究で、チクシュルーブ衝突体は木星軌道の外側で作られた小惑星であることが確実となりました。
地球に衝突する隕石のほとんどは火星と木星の間に広がる「小惑星帯(アステロイドベルト)」に起源があるので、これは非常に珍しいケースとのことです。
研究の詳細は2024年8月15日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。
目次
- チクシュルーブ衝突体はどこから飛んできたのか?
- 隕石は「木星軌道の外」から飛んできた!
チクシュルーブ衝突体はどこから飛んできたのか?
チクシュルーブ衝突体は約6600万年前の白亜紀末期に地球へと落下しました。
当時地球を支配していた恐竜たちを含め、実に75%もの動植物種が絶滅に追いやられています。
チクシュルーブ衝突体の最初の手がかりは1970年代後半に見つかりました。
ある研究チームが白亜紀末の岩石から高濃度のイリジウムを発見したのです。
イリジウムは地球の岩石では非常に珍しいですが、宇宙を漂う小惑星にはごく一般的な元素として含まれています。
この発見から「恐竜時代は隕石の衝突によって終焉した」との説が有力視されるようになりました。
さらにその後の調査で、ユカタン半島に直径約160キロの巨大なクレーターが見つかったことで、隕石落下説は確実なものとなります。
しかし一方で、科学者たちは「チクシュルーブ衝突体がどこから飛んできたものなのか」を解明できずにいました。
これまでのところ、科学者たちの見解は「太陽系内のどこかから飛んできた小惑星」という点で大方一致しています。
特に火星と木星の間に広がる小惑星帯(アステロイドベルト)に起源があるのではないかと考えられてきました。
地球に飛来する小惑星の大半は、このアステロイドベルトからのものと判明しているからです。
また2021年には米ハーバード大学(HU)が「チクシュルーブ衝突体は小惑星ではなく、彗星の可能性もある」との説を提唱していました(Scientific Reports, 2021)。
この説によると、太陽系の外側を取り巻いているオールトの雲(※)にあった彗星が、木星の強力な重力に引っ張られて「ピンボールマシンのように」地球の方まで飛ばされたという。
(※ オールトの雲は、太陽系の外側に広がるとされる理論上の天体群で、1兆個の氷の破片が球殻状に集まった状態と考えられています。
太陽からオールトの雲までの距離は、太陽から地球までの距離の少なくとも2000倍と推定されています)
しかしこれも仮説の段階で止まっており、推測の域を出ていません。
そこで研究チームは約6600万年前の白亜紀末の地層に見られる化学的痕跡を調べることで、チクシュルーブ衝突体の起源を明らかにしようと考えました。
隕石は「木星軌道の外」から飛んできた!
今回、チームが注目したのは「ルテニウム」という元素です。
ルテニウムはイリジウムと同じように、地球の岩石では非常に珍しいですが、小惑星では遙かに一般的に含まれています。
加えて、ルテニウムの同位体(※)を測定することで、小惑星の種類を大まかに識別することが可能です。
(※ 同位体とは、原子番号が同じ元素の中で中性子の数が異なるもののこと。例えば、自然界に存在する炭素には、炭素12、炭素13、炭素14の3つの同位体が存在します)
チームはチクシュルーブ衝突体が落下した時代の世界各地の地層から岩石サンプルを採取しました。
さらにチームはこれと別に、過去5億4100万年の間に起きた他の5つの小惑星衝突に関する岩石サンプルも調べています。
データ分析の結果、過去5億年間に地球に衝突した隕石はすべて「S型小惑星」であることが特定されました。
S型小惑星とはケイ酸塩を多く含む岩石で、主に火星と木星の間の小惑星帯(アステロイドベルト)に存在するものを指します。
ところがチクシュルーブ衝突体は例外でした。
ルテニウム同位体を調べたところ、チクシュルーブ衝突体は「炭素質コンドライト(C-型コンドライト)」と呼ばれるタイプの隕石であることがわかったのです。
炭素質コンドライトは原則として、木星軌道の外側で作られる隕石であることがわかっています。
炭素質コンドライトは揮発性物質や水を含む鉱物を多く含んでおり、太陽系の形成初期の情報を多く保持しています。
木星軌道の外側は、温度が低く、揮発性物質が凝縮しやすい環境であるため、炭素質コンドライトが形成されるのに適していたと考えられるのです。
また過去に地球上で発見された隕石全体に占める炭素質コンドライトの割合は極めて少なく、数十例ほどしか知られていません。
この結果から、恐竜時代を終焉させたチクシュルーブ衝突体は木星の外側に起源があることが明らかになりました。
しかし、そんなに遠方にある小惑星がどうやって地球の方向へ飛んできたのでしょうか。
現時点の見解では、他の小惑星との衝突によって軌道が変わり、木星の重力に捉えられて地球まで飛ばされたと見るのが有力です。
ただチクシュルーブ衝突体が形成された正確な場所も踏まえて、それらの問題はまだ解き明かされていません。
チームは岩石サンプルの化学解析をさらに推し進めることで、その謎を解明できると期待しています。
しかし木星より遠方から飛んできた小惑星が地球にピンポイントで直撃するなんて、なんという不運でしょうか。
いや、隕石の衝突により恐竜時代が終わって、哺乳類の時代が始まったことを考えれば、私たち人間が台頭する上でチクシュルーブ衝突体の落下は必要だったとも言えます。
チクシュルーブ衝突体の軌道がほんのちょっとでもズレていれば、私たち人間の誕生はなかったのかもしれません。
参考文献
Dinosaur-killing Chicxulub meteorite came from the edge of the solar system
https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2024/august/dinosaur-killing-chicxulub-meteorite-came-from-edge-solar-system.html
Dinosaur-killing asteroid was a rare rock from beyond Jupiter, new study reveals
https://www.livescience.com/space/asteroids/dinosaur-killing-asteroid-rare-rock-beyond-jupiter
元論文
Ruthenium isotopes show the Chicxulub impactor was a carbonaceous-type asteroid
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk4868
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部