サメの体はザラザラした硬い鱗(うろこ)で覆われています。
いわゆる、サメ肌ですね。
これは正確にいうと、象牙質とエナメル質でできた「楯鱗(じゅんりん)」と呼ばれる鱗です。
東京工業大学は今回、映画『ジョーズ』でお馴染みのホホジロザメの楯鱗の構造から、水の抵抗を最も減らすことができる最適遊泳速度を計算。
その結果、ホホジロザメの鱗は低速〜高速まで幅広いスピードに適していることが明らかになったのです。
さらにチームはこれと同じ計算手法を古代の巨大ザメである「メガロドン」にも適用し、最適遊泳速度を調べて見ました。
研究の詳細は2024年8月2日付で科学雑誌『Journal of the Royal Society Interface』に掲載されています。
目次
- サメ肌ってどんな形?
- ホホジロザメの最適遊泳速度が判明!
サメ肌ってどんな形?
ホホジロザメの楯鱗の一つ一つは、3つの爪が生えたような形をしています。
真ん中が最も大きな「大突起」とされ、その左右に並ぶ2つが「小突起」です。
これらの突起はすべて、ホホジロザメの頭から尾の方向に走っており、水が流れる向きに沿っています。
それから楯鱗同士は菱形状に配置され、大突起なら大突起同士が、小突起なら小突起同士が前後に列をなすように見事に並んでいます。
なのでホホジロザメの楯鱗を正面から見ると、大突起の列と小突起の列が頭から尾に向かって伸びているように見えるのです。
サメ肌がおろし金代わりになるのも、この細かな楯鱗が並んでいるためです。
そしてこのサメ肌の微細構造は、水流の摩擦抵抗を減らすために機能していることもわかっています。
そのためサメの肌をモチーフに流体の抵抗を減らすため、わざと表面に微細構造を持たせるという生物模倣技術(バイオミメティクス)も開発されていて、これはリブレット(Riblet)と呼ばれています。
このリブレット加工は、航空機の表面から水着の表面まで様々な場面で利用されています。
2008年北京オリンピックではレーザーレーサー(LZR Racer)という全身を覆う水着を着用した水泳選手が、次々に世界記録を更新してしまい、最終的に公式大会では水着で体表面を覆う割合が制限されるという自体に陥りました。
北京オリンピックを見ていた人たちは「水着1つでそんな変わるものなの?」と驚いたかもしれませんが、このレーザーレーサーに使われていた技術がリブレット加工です。
そのためリブレットの有効性は、もはや人類には常識となっていますが、意外なことに発想の源となった「ホホジロザメの楯鱗」が、水流への抵抗に対してどの程度の低減効果を持つかの詳しい特性については調べられていないのです。
というのも、ホホジロザメは知名度の高さに反して、標本や生態データを得るのが難しく、全身の広い範囲にわたる楯鱗の構造を調べることができなかったからです。
そこでチームは今回、貴重なホホジロザメの全身標本を使って調査を行いました。
ホホジロザメの最適遊泳速度が判明!
本調査では国立博物館が所蔵するホホジロザメの全身ホルマリン漬け標本(全長3.16メートル、重量320キロ)を用いました。
チームは標本の全身にわたる17箇所から楯鱗サンプルを採取し、X線CTを使って3Dモデリングしています。
先ほど説明したように、ホホジロザメの楯鱗は大突起と小突起が前後に重なって列をなすように並んでいます。
このとき、隣り合う大突起と大突起の横幅(S2)は、大突起と小突起の横幅(S1)の約2倍になります(下図を参照)。
そしてチームは、隣り合う大突起同士がゆっくり泳ぐときの縦渦の摩擦抵抗を減らし、隣り合う大突起と小突起が高速で泳ぐときの縦渦の摩擦抵抗を減らすのではないか、というモデルを提案しました。
これらを踏まえて、それぞれの楯鱗の構造が最も水流の摩擦抵抗を低減できる「最適遊泳速度」を算出。
その結果、大突起同士の広い間隔の楯鱗(S2)は遊泳速度2〜3メートル毎秒に最適で、大突起と小突起の狭い間隔の楯鱗(S1)は遊泳速度5〜7メートル毎秒に最適であることが判明しました。
この数値は、最近記録された野生のホホジロザメにおける「長距離移動時のゆっくり遊泳」と「瞬発的な最高速度」に一致する値だったとのこと。
この結果から、楯鱗の大突起は低速遊泳に、楯鱗の小突起は高速遊泳に、それぞれ適していることが示されました。
つまり、ホホジロザメのサメ肌は、ゆっくり泳ぎと高速泳ぎのどちらにも適した構造を持っていたのです。
古代の巨大ザメ「メガロドン」にも適用してみた!
またここで使用した計算手法を他種のサメにも用いれば、同じように最適遊泳速度を算出できるといいます。
そこでチームは、かつて地球に実在した史上最大のサメである「メガロドン」に適用してみました。
メガロドンは約360万〜2300万年前の間に存在した絶滅ザメの一種で、全長は10メートルを優に超えたとされています。
そしてチームはメガロドンの化石の文献から、推定全長を11.7メートル、楯鱗の大突起と小突起の間隔(S1)を100マイクロメートル、大突起と大突起の間隔(S2)を200マイクロメートルとして、最適遊泳速度を試算しました。
その結果、大突起同士の広い間隔の楯鱗は2.7メートル毎秒が最適で、大突起と小突起の狭い間隔の楯鱗は5.9メートル毎秒が最適と示唆されたのです。
これはメガロドンの全長がホホジロザメより4倍近くあるにも関わらず、遊泳速度には大して差がないことを意味するものでした。
サメの遊泳速度のデータ収集は非常に難しく、彼らの生態にはまだまだ未解明な点が多分に残されています。
チームは今回確立した計算方法により、現生のサメのみならず、化石しか残っていない古代ザメの遊泳速度も調べることで、サメの生態がどのように進化してきたかの理解を深めたいと話しています。
参考文献
ホホジロザメの鱗の突起列は高速と低速の両方に適応
https://www.titech.ac.jp/news/2024/069676
元論文
Three-dimensional shape of natural riblets in the white shark: relationship between the denticle morphology and swimming speed of sharks
https://doi.org/10.1098/rsif.2024.0063
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部