今、南アフリカの海に恐怖の渦が蔓延し始めています。
地元当局はこのほど、南ア・ケープタウンの海辺で、凶暴化したオットセイが次々と海水浴客を襲撃する事故が多発していると報告しました。
オットセイを安楽死させて解剖した結果、それらの個体に「狂犬病」の陽性反応が確認されたのです。
現時点で少なくとも11頭のオットセイが狂犬病と判明しており、これは海洋哺乳類で初めての大規模感染だといいます。
目次
- 人懐こいはずのオットセイが凶暴化
- 海獣たちは「狂犬病」に感染していた!
人懐こいはずのオットセイが凶暴化
南ア・ケープタウンはサーファーや海水浴客で賑わう場所です。
その一方で、ケープタウンはホオジロザメのホットスポットでもあり、サーファーたちは波に黒い影を見ると、最悪の事態を想定しないわけにはいきません。
しかしそれが「ミナミアフリカオットセイ(学名:Arctocephalus pusillus)」だとわかると、緊張は解け、恐怖は安堵に変わります。
ミナミアフリカオットセイはアフリカ大陸南部に生息する海洋哺乳類です。
野生でも非常に人馴れしており、遊び好きで、海水浴客とよく交流する姿が見られていました。
サーファーたちは彼らと鼻先を近づけあって、一緒に泳ぐこともあるといいます。
ところが数年ほど前から、オットセイたちの行動に異変が見られるようになりました。
人好きだったはずのオットセイの中に海水浴客を襲撃する個体が現れ始めたのです。
地元当局はオットセイによる襲撃事故が2021年後半から著しく増加していることに気づきました。
昨年には、オットセイの子供が浜辺で遊ぶ海水浴客を次々と襲い、大人たちが追い払っても執拗に人を噛み続ける異常事態が発生しています。
そのときの実際の映像が残っていました。こちらです。
(※ イヤホンを推奨します。音量にご注意ください)
さらに今年に入ると、1頭のオットセイがものの数分のうちに3人のサーファーに次々と噛みつく事故も発生しました。
そのうちの1人は「オットセイが背中に乗り上げて、ウェットスーツごと噛み破いた」と話、「その後もサーフボードに食らいついてきて、何とか追い払ったものの、ずっと私の方を追いかけてきた」と振り返っています。
またオットセイ同士も襲い合っているようで、同じ頃に海岸付近で、顔に大きな傷と出血を負ったオットセイが目撃されていました。
地元当局は「こんな事態はいまだかつてなかった」と述べています。
オットセイたちに一体何が起こったのか、当局は調査を開始しました。
海獣たちは「狂犬病」に感染していた!
当局は地元の研究機関であるSea Searchと動物愛護団体SPCAの海洋科学者と協力して、オットセイを調査。
凶暴化という異変からチームは「狂犬病」の線も考えましたが、オットセイが狂犬病に罹ったという記録は1980年にノルウェーのスヴァールバル諸島で確認された一例しかありません。
そのため「狂犬病の可能性は低いだろう」と予想していました。
ところが、凶暴性を示した4頭のオットセイを安楽死させて、ウイルス検査を行った結果、うち3頭が狂犬病の陽性反応を示したのです。
さらにチームはケープタウンの長さ300キロの海岸線に沿って同じ調査をしたところ、少なくとも11頭のオットセイが狂犬病に罹っていることが判明しました。
これは実に驚くべき異例の事態でした。
チームはこの結果を受けて「海洋哺乳類における世界初の狂犬病の大規模感染である」と報告しています。
狂犬病とは?
狂犬病は、あらゆる哺乳類に感染しうる致死性のウイルス性疾患です。
感染した個体に噛まれたり、引っ掻かれたりすることで、傷口からウイルスが侵入し、中枢神経系へと感染します。
ヒトからヒトに感染することはなく、感染した患者から感染が拡大することはありません。
しかし狂犬病は発症すると、致死率がほぼ100%に達する恐ろしい病気です。
症状が現れるまでには平均で1〜3カ月かかり、早ければ1週間ほどで、遅ければ2年ほどかかることもあります。
そして狂犬病は特に動物に感染したときに、その個体を凶暴化させることが知られています。
例えば、イヌが狂犬病を発症すると、最初に性格や行動の変化があらわれ、続いて光や音への過敏な反応を示し、目に入るものを無作為に攻撃する興奮状態が起こります。
それから徐々に全身麻痺を起こして歩行困難になり、昏睡状態に陥って死亡します。
ヒトに感染した場合は、発熱や食欲不振を起こした後、不安感や興奮性、幻覚、精神錯乱、水や風を極度に怖がる症状が見られます。
その後、昏睡状態に陥ると呼吸障害を起こして、ほぼ100%の確率で死亡します。
感染源がわからない
当局によると、幸運なことに現時点で狂犬病を発症した人はいないと話します。
「かなりの人が狂犬病のオットセイに噛まれたはずですが、まだ感染者は確認されていません。
理由は不明ですが、海水にさらされることで狂犬病ウイルスの感染力が弱まっているのかもしれません」
その一方で、問題はオットセイで広まっている狂犬病の感染源がわからないことです。
いつどこから南アのオットセイに狂犬病ウイルスが入ってきたのかが特定されていません。
そうした感染ルートが特定できないと、狂犬病の蔓延を効果的に阻止することも難しくなります。
またアフリカ南部には200万頭を超えるオットセイが生息しているため、狂犬病の感染を止めない限り、オットセイのコロニーに急速に広まるシナリオが懸念されています。
現状海水浴客に感染が確認されていないとはいえ、感染したオットセイに噛まれる事故件数が増えればどうなるかはわかりません。一度発症すると上述の通り、窒死率はほぼ100%とされる病気であるため楽観視することはできないでしょう。
地元当局は現在、凶暴なオットセイを見つけたときは絶対に近づかないようサーファーや海水浴客に呼びかけています。
このまま感染が急拡大し、南アの人々がオットセイに次々と襲われる、そんなパニック映画のような未来は避けたいところです。
参考文献
Rabid seals are attacking people in South Africa
https://www.livescience.com/animals/seals/rabid-seals-are-attacking-people-in-south-africa
‘Everyone was paddling to get away’: seals with rabies alarm South Africa’s surfers
https://www.theguardian.com/environment/article/2024/jul/11/cape-fur-seals-rabies-surfers-south-africa
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。