例えば、自宅から仕事場への出勤ルート。
探せばもっと短時間で安く行けるルートがあるのに、最初に通って慣れ親しんだルートにこだわり続けることってありませんか。
このように私たちには、他にベストな選択肢がありながら、それより少し見劣りしていてもファーストインプレッションが良かった選択肢に固執してしまう傾向がよくあります。
では実際、この心理作用(バイアス)はどれくらい強いのか。
オランダ・ユトレヒト大学(Utrecht University)が新たに調べてみた結果、かなり強固に私たちの心理を支配していることがわかりました。
研究の詳細は2023年の心理学雑誌『Motivation Science』に掲載されています。
目次
- 第一印象の良さはどれだけ強く持続するか?
- 第一印象が良いと、他のベストな選択肢よりも選ばれやすい
第一印象の良さはどれだけ強く持続するか?
今回の研究の動機について、研究主任のクリス・ハリス(Chris Harris)氏はこう話します。
「私が抱いている疑問は、他の最良な選択肢を試すチャンスがあるにも関わらず、なぜ人々はそれより見劣りする選択肢を選び続けるのかということでした」
「そこで私たちはこの心理作用(バイアス)がどれほど強固なものかを明らかにすべく、ある選択肢が別の選択肢より劣っていたとしても選ばれ続けるのかを調べることにしました」
実験ではまず、オンライン上のプラットフォームを通じて、100名の参加者を募集しました。
実験は次のように設定しています。
チームはまず、ファーストインプレッションの良さによるバイアスを参加者に抱かせるような実験手順を用意しました。
参加者はAとBの2つの袋を提示され、そのどちらかを選んで、中に入ったボールを引くことができます。
ボールの色は黄色か青色で、黄色を引くとポイント獲得、青色だとポイント喪失につながります。
(このポイントの合計点は実験後に得られる金銭の報酬額に換算されます)
ただ参加者はこのとき、一方の袋をもう一方の袋よりも頻繁に見せられました。
この「よく見られる袋」ということで、参加者のファーストインプレッションを良くしようというわけです。
しかし、あまり見せられない袋の方はポイント獲得できる確率が80%なのに対し、頻繁に見せられた袋の方はポイント獲得できる確率が75%と少し低く設定されています。
当たりボールを引いた数 | ハズレボールを引いた数 | |
袋A(当り確率75%) | 9 | 3 |
袋B(当り確率80%) | 4 | 1 |
例えばこの実験では初期の試行では、上の表のような状況になるよう設定されています。
袋Aは提示される回数が多いため、試行回数が増え、結果的に当たりを9回引いていますが、確率的には75%しか当たりません。
一方袋Bは提示回数が少ないため、試行回数が少なく、当たりは4回しかありませんが、確率的には80%当たります。
これは最初のうち、袋Aで「当たりを見る機会が多いな」という印象を与えるため、参加者は袋Aが当たりやすいのでは? という印象を抱きます。
しかし実際は確率的に袋Bの方が高いため、何度もこの実験を繰り返していくと、「あれ、Bの方が当たりやすくない?」と参加者が気づくように設計されているのです。
チームはこの設定で、ポイント獲得のための選択肢として、袋Bが最適であると参加者は途中で気づくが、初期の印象では袋Aが良いと思うようにしたのです。
実験では初期の印象を操作するフェーズの後に、参加者に2つの袋のいずれかを自由に選択してポイントを獲得するゲームを83回行いました。
チームは参加者の選択データを分析し、参加者がバイアスのかかった選択肢を選び続けるか、実験を続ける中で最適だとわかった選択肢にシフトするかを調べています。
果たして、結果はいかに?
第一印象が良いと、他のベストな選択肢よりも選ばれやすい
データ分析の結果、参加者はポイント獲得のためにはベストな選択肢でないにも関わらず、初期に好印象を抱いた袋Aの方を強く好むことが示されました。
しかもこのバイアスは反復される選択テストの中でもシフトされず、参加者は固執して袋Aを選び続ける傾向が見られたのです。
そこでチームは、2つの袋の報酬確率の差(先程は75%と80%だった)をより大きくすれば、参加者がバイアスを克服するのではないかと考え、追加で実験しました。
ここでは新たに100名の被験者を募り、初期に頻繁に提示される袋の報酬獲得率を67%に下げ、あまり提示されない袋の報酬確率は80%に維持しています。
この設定で同じく83回の選択テストを行いましたが、結果に大きな差はありませんでした。
最初に「初期に頻繁に提示され当たりが出た回数を見る機会が多かった袋」を参加者は当たりやすいと一度勘違いしてしまうと、ほとんどの参加者はテストの終わりまで選択肢をシフトさせなかったのです。
以上の結果は、客観的な選択肢としてはベストでないにも関わらず、最初に抱いた肯定的な印象が私たちの中で根強く持続されることを示すものです。
しかしこの傾向は、生物が効率よく生存する上では理にかなっている思考でもあります。
例えば、最適採餌理論(OFT)によると、生物は他に多くの食糧報酬が得られる獲物がいたとしても、慣れ親しんだ獲物に固執する傾向があります。
なぜなら新しい獲物に切り替えるには、捕食戦略の変更や実際の捕食にかかるエネルギーなどのコスト面で高くつくからです。
また野生生物の場合は、新しい選択肢への変更に失敗すれば、生存の危機に陥るリスクもあります。
同じようなことは私たちにも当てはまるでしょう。
たとえ他にベストな選択肢があるとしても、現在の慣れ親しんだ方法で今欲しているだけの成果は十分に得られているわけです。
それなのに、わざわざ時間と労力をかけて、別の選択肢を模索するメリットが果たしてどれだけあるでしょうか。
このようにヒトを含む生物は、100点満点の選択肢を探し続けるよりも、安定していてなるべくリスクのない選択肢を好むのかもしれません。
ただ、別の研究の話ですがADHDの人は、この最初の選択に固執する傾向が低く、状況に応じてころころ選択を変えやすいことが示されています。
そのためADHDは初期の選択にこだわるという生物が持つ傾向のデメリットを克服するために、進化した可能性があるかもしれません。ただそのため、目の前のことに集中しづらく新しい選択肢に目移りしやすいというデメリットが出てしまったのかもしれません。
これはそれぞれまったく異なる研究の話なので、関連させるべきかは注意が必要ですが、非常に興味深い傾向と言えるでしょう。
参考文献
How first impressions can trap us into making suboptimal decisions
https://www.psypost.org/psychology-how-first-impressions-can-trap-us-into-making-suboptimal-decisions/
元論文
Missing out by pursuing rewarding outcomes: Why initial biases can lead to persistent suboptimal choices.
https://doi.org/10.1037/mot0000302
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部