発症するかは運のせいではありませんでした。
イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)をはじめとした国際的な研究により、鼻の中に新型コロナウイルスのオリジナル株を注入されても、症状が全く出ないだけでなく、ウイルス検査でも常に陰性となる高い耐性を持つ人がいることが判明しました。
新たな研究では高い耐性がどんなメカニズムによってうみだされているかが調べられ、非常に興味深い結果が得られました。
研究内容の詳細は2024年6月19日に『Nature』にて発表されました。
なお記事本文は4コマのイラストの下にあります。
目次
- 「鼻に直接」新型コロナウイルスを注入されても大丈夫な人がいる
- 超人の秘密は鼻にある
「鼻に直接」新型コロナウイルスを注入されても大丈夫な人がいる
風邪をひく人とひかない人。
かつて人々は、その違いをあくまで「確率の問題」と考えていました。
古い諺に「バカは風邪をひかない」というものもありますが、知能と風邪の相関関係を本気で信じていた人はいなかったでしょう。
ですが新型コロナウイルスのパンデミックが起きると、発症する人としない人の間には単なる確率以外の要因、たとえば民族の違いや体質の違いなどに焦点があてられるようになりました。
実際、いくつかの疫学研究では発症率や重症化の度合いに明らかに地域差があることが報告されました。
日本人が欧米人に比べて新型コロナウイルスの「影響を受けにくかった」というニュースを聞いた人もいるでしょう。
しかし疫学的な観点とは別に、個人レベルでの抵抗力の差は解明されていませんでした。
ここで言う個人レベルとは「田中さんは新型コロナウイルスにかかったけど、一緒にいた鈴木さんはかからなかった」という場合です。
現代では、このような個人レベルの差は1人1人の免疫能力に違いあることが原因と理解されています。
ただ、その違いがいったいどんなメカニズムに基づいているかは漠然としており、具体的なことは不明です。
そこで今回、国際的な研究チームは、個人レベルの抵抗力の差を調べるために、非常にユニークな人体実験を行いました。
調査にあたってはまず、新型コロナウイルスに1度も感染したことがなく、かつワクチンを1度も接種したことがない16人の若い健康な成人が集められました。
未感染かつワクチン未接種な人を選んだのは、新型コロナウイルスにはじめて感染した時の体のナチュラルな反応を調べるためです。
次に研究者たちはこの16人の鼻の中に、新型コロナウイルスのオリジナル株を含んだ液体をピペットで注入ししました。
鼻から咽頭にかけての領域は、ウイルスが最初に侵入する領域であることが知られています。
また被験者たちの鼻に注入されたウイルス量は、ほぼ確実に感染を引き起こすレベルでした。
(※新型コロナウイルスは少量でも高い感染性を持つことが知られています)
そして28日間に渡り、定期的に鼻スワブや血液採取などを通じてウイルス検査が実行されました。
結果16人のうち6人は持続的に陽性反応を示し、新型コロナウイルスの症状を発症しました。
鼻に直接ウイルスを注入されたのだから、当然と言えば当然でしょう。
ですが3人ではウイルス検査の陽性と陰性が何度も切り替わる「一過性」の感染(つまり微妙な感染)を起こしました。
一過性の感染を起こした人は、検査ではたまに陽性が見られることはあっても、症状はみられませんでした。
ですが驚くべきことに、残りの7人では症状がないだけでなく、実験期間(28日間)を通じてウイルス検査の結果が陰性であり、新型コロナウイルスに対する高い耐性を持つことが判明しました。
この結果は、1度も新型コロナウイルスに感染したことがなく、ワクチンを接種したことがない人の間でも、抵抗力に大きな差があり、一部の人々は超人的な耐性をもつことを示しています。
つまり、パンデミックの渦中、一部の人々がリスクが高い場所でも新型コロナウイルスにかからなかったのは運や確率の問題ではなく、本当に高い耐性を持っていた可能性が示されたのです。
しかしそうなると気になるのが、メカニズムです。
人類社会を大混乱に陥らせ、多くの人々の命を奪い、今なお後遺症を残す新型コロナウイルスに対して、一部の人々はなぜ超人的な耐性を持っていたのでしょうか?
超人の秘密は鼻にある
なぜ「鼻に直接」新型コロナウイルスを注入されても、全く陽性反応を示さない人がいたのか?
ここからはわかりやすくするため、持続的に陽性反応を示した人々を低耐性、一過性の感染を起こした人を中耐性、全く陽性にならなかった人を高耐性と表現します。
分析にあたって研究者たちは、まず被験者の鼻から採取した細胞や血液を調べました。
すると高耐性の人と中耐性の人はウイルス注入後すぐに(1日目で)、鼻の粘膜組織で免疫物質の一種である「Ⅰ型インターフェロン」が放出されていることが判明しました。
Ⅰ型インターフェロンは免疫の警報システムであり、免疫細胞を活性化して感染した細胞を破壊するよう仕向ける役割を担っています。
一方で低耐性だった人々はⅠ型インターフェロンの応答が遅れており、感染後5日目になって初めて放出され始めたことがわかりました。
この結果は、耐性を持つ人々は最初にウイルスが入り込んだ鼻粘膜でウイルスが増える前に素早く排除できた可能性を示しています。
研究者たちは「ウイルス感染から24時間以内であれば、鼻の中にⅠ型インターフェロンを注入する処置が有効に働く可能性がある」と述べています。
ただ興味深いことに、Ⅰ型インターフェロンの量は高耐性より中耐性の人のほうが多かったことも判明しました。
どうやらⅠ型インターフェロンの量は単に多ければいいというわけではないようです。
ですが今回の研究で最も重要な点は別にあります。
高耐性と中耐性の人々は鼻粘膜と血液の両方において、感染が起こる前からHLA-DQA2と呼ばれる遺伝子の働きが高かったことが判明したのです。
以前に行われた研究では、新型コロナウイルスによる重症度が高い患者ではHLA-DQA2の発現が低かったと報告されています。
この結果は、耐性を持つ人の体は感染する前から日常的に、感染に備えてHLA-DQA2を多く生産していることを示しています。
また、これまでHLA-DQA2はT細胞の働きを助ける分子(MHCⅡ分子)として知られていましたが、これは感染後に役立つ仕組みです。
しかし今回発見されたHLA-DQA2は感染が起こる前から耐性を与える役割に関与していると考えられており、私たちがまだ知らない免疫システムの一翼を担っていることを示唆しています。
以上の結果から、新型コロナウイルスを鼻に直接入れられても平気だった人は「鼻の免疫力の高さ」「感染に対する体の事前の備え」の2つが上手く機能していると結論できます。
同様の仕組みは新型コロナウイルスだけでなく、他のウイルス感染に対しても機能していると考えられます。
これまで私たちは風邪などにかかるかどうかは運や確率、あるいは漠然と「免疫能力の差」と考えてきましたが、研究成果によって、より具体的な知識が得られました。
もし仕組みを理解して、高耐性の人々を真似られる薬が開発できれば、多くの人々を救うことができるでしょう。
元論文
Human SARS-CoV-2 challenge uncovers local and systemic response dynamics
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07575-x
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部