痛みの男女差の根本が明らかになりました。
アメリカのアリゾナ大学(UA)で行われた研究によって、男女では痛みを感じる痛覚受容体そのものが異なっており、男性痛覚受容体と女性痛覚受容体が存在することが示されました。
男性と女性の痛みの感じ方が違うことは経験的に知られていましたが、受容体レベルの差がみつかったのは大きな発見と言えるでしょう。
研究内容の詳細は2024年6月3日に『Brain』にて「痛覚受容器は機能的に男性か女性か:マウスからサル、そして人間まで(Nociceptors are functionally male or female: from mouse to monkey to man)」とのタイトルで発表されました。
目次
- 「男性より女性のほうが痛みに強い」は間違いである
- 男性痛覚受容体と女性痛覚受容体がそれぞれ存在している
「男性より女性のほうが痛みに強い」は間違いである
痛みにかんする話をしているとしばしば「男性より女性のほうが痛みに強い」という説が聞こえてきます。
この考えは日本以外の国にも広く浸透しており、世界の常識になりつつあります。
しかし近年の研究により、動物でも人間でもオスのほうがメスよりも痛みに鈍感であり、痛みを感じる閾値が低いことが明らかになってきました。
(※特に圧迫と電気刺激による痛みは他の方法に比べて最も強い性差を生み出していることがわかりました)
同様の結果は実験室での実験だけでなく、医療の現場でも報告されており、男性と比べ女性はより強いレベルの痛みを、より多くの体の部位に、より頻繁に、より長期に渡り感じていると報告されています。
また一部の鎮痛剤には痛みの敏感さ(閾値)を下げる効果がありますが、男性よりも女性のほうが効きにくいことが示されています。
これらの事実は、男性と女性では痛みに対する感じ方が大きく異なることを示しており、男女では痛みに対して異なる生物学的アプローチがあることを示唆しています。
しかし肝心の、痛みの男女差をうみだす生物学的原因については、明らかにされていませんでした。
そこで今回、アリゾナ大学の研究者たちは痛みに対する反応を性別ごとに調べ、痛みの性差が生じる原因を調べることにしたのです。
男性痛覚受容体と女性痛覚受容体がそれぞれ存在している
今回の研究が画期的な点として、プロラクチンとオレキシンBという2種類の物質が使用されたことがあげられます。
古くは、プロラクチンは授乳と乳房組織の発達に関連したホルモンで、オレキシンBは覚醒をうながす神経伝達物質であるとされてきました。
しかし近年の研究により、これら2種類の物質は考えられていたよりも遥かに多くの機能を持つことが明らかになってきました。
調査にあたってはマウス、サル、そしてヒトの脊髄神経が男女別に用意され、反応の閾値をさげる物質が加えられました。
これにより細胞はわずかな刺激でも反応しやすくなります。
研究者たちはこの状態でプロラクチンとオレキシンBを注いでみました。
すると驚くべきことに、人間でも動物でも、プロラクチンは女性細胞のみに感作(かんさ:刺激の繰り返しで反応が増大すること)を起こし、男性細胞には感作しないことがわかりました。
またオレキシンBを加えた時には、人間でも動物でも、男性細胞は感作しなかったものの、男性細胞だけに感作が起こることがわかりました。
これらの結果は、男性細胞と女性細胞にはそれぞれ、男性痛覚受容体と女性痛覚受容体が存在しており、男女では痛みを受け取る検知器そのもの(痛覚受容体そのもの)が異なっていることを示します。
さらにこの男女で痛みの検知器(痛覚受容体)が違うという仕組みは種を超えて広く保存されていることをがわかりました。
また研究では別角度からの検証を行うため、プロラクチンとオレキシンBのシグナル伝達システムを遮断し、痛覚受容体の敏感さ(閾値)を調べてみました。
するとプロラクチンシグナル伝達を遮断すると女性の痛覚受容体の活性化が抑えられたものの男性には影響はありませんでした。
またオレキシンBシグナル伝達を遮断すると、男性の痛覚受容体の活性化が抑えられましたが、女性には効果がありませんでした。
この結果も、男性と女性は異なる種類の痛覚受容体を持っていることを示しており、女性の痛み治療にはプロクラチン経路の遮断、男性の痛み治療にはオレキシンB経路の遮断が有効であることを示しています。
これまで私たちは、男女の痛みの感受性は脳の働きの違いや、文化的影響により男女で痛みの報告に差があることが原因であり、細胞レベルでは違いがないと考えてきました。
そして治療に使われる各種の鎮痛剤も、そのような前提で使用・開発が行われてきました。
しかし今回の研究によって、痛みの治療には、男性用と女性用に特化した対処法(薬など)を提供した方が有効である可能性が示されました。
研究者たちも「最も基本的な遺伝的差異は、患者が男性か女性かということであり、患者の遺伝子(性別)にあわせた痛みの治療を行うことが重要になる」と述べています。
実際、最新の研究では女性の痛み治療にプロラクチン中和抗体が有効であること示唆されています。
またオレキシンの効果を打ち消すオレキシン拮抗薬が、睡眠障害の治療薬としてFDA(食品医薬品局)に既に承認されています。
こちらは痛み治療とは用途が異なりますが、安全性の確認が行われた上で承認されているため、痛み治療への転用も比較的容易であると考えられます。
もしかしたら未来の薬局では、頭痛薬など基本的な鎮痛剤も男性用と女性用で別れて売られているかもしれませんね。
参考文献
Study shows first evidence of sex differences in how pain can be produced
https://healthsciences.arizona.edu/news/study-shows-first-evidence-sex-differences-how-pain-can-be-produced
元論文
Nociceptors are functionally male or female: from mouse to monkey to man
https://doi.org/10.1093/brain/awae179
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。