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格闘家に流行る急速減量・水抜きの長期的なリスクを探る


ボクシング、キックボクシング、総合格闘技、柔道、レスリングといった格闘技(Combat sport)の多くは、体重別の階級制度が採用されています。

この理由は、体格が大きく異なる格闘家同士が戦うと、競技の公平性が損なわれるからです。

ただ、実際には、ほとんどの格闘家が計量の前に急激に体重を落とすことで、普段の体重よりも軽い階級で出場しています。

計量前に急激に体重を落とすことは、急速減量と呼ばれており、具体的には、飲食物の摂取をセーブしたり、「水抜き」と称されるサウナや半身浴などで体内の水分を排出したりする行為によって体重を一気に減らします。

このうち、水抜きは、細胞の機能、体温調節といった生命活動に不可欠な役割を果たす水分を失うことに直結するため、過度に行えば、失神や気絶を招くだけでなく、最悪の場合、人の命にも関わります。

そんな危険な要素もある急速減量ですが、最近の研究では長期的な観点からみても、悪影響があることがわかっています。

この記事では、多くの格闘家が当たり前に行う急速減量がアスリートとしてのキャリアや引退後の健康状態に及ぼす影響を見ていきます。

目次

  • 若いときから急速減量をすると競技力が高まらない
  • 格闘家は引退後メタボになりやすい
  • 短期的な利益と長期的な損失

若いときから急速減量をすると競技力が高まらない

多くの格闘家が実践している急速減量は、短期的視点と長期的視点のどちらを中心に捉えるかによって、その是非が変わります。

本記事では、その瞬間の勝敗といった短期的視点ではなく、数年後や数十年後といった長期的視点に立って考察していきます。

スロベニア・リュブリャナ大学に所属するエフゲン・ベネディク氏らは、世界ランキング150位以内のエリート柔道家138人を有効回答者としたアンケートをもとに、急速減量の実施状況や競技力との関係を報告しています。

アンケート結果を見ると、96%もの人が急速減量の経験があり、そのうち40%弱の人が16歳になる前には既に実施していました。

そして興味深いことに、競技力を示す世界ランキングの順位と急速減量を始めた年齢との間に関係がありました。

具体的には、16歳未満で、急速減量をしていた柔道家の競技力が低いというものです。

なぜ、若いときから急速減量を取り入れると競技力に悪い影響があるのでしょうか?

ベネディク氏らは、若い頃に急速減量を始めることが健康リスクの観点から不適切だと指摘します。ここでの健康リスクとは、栄養状態の悪化や体力の低下、発育発達の阻害などを指します。

また、リトアニアの格闘家を対象とした別の研究によると、食事を抜く、水分制限、サウナスーツを着て運動をする等の急速減量のテクニックを積極的に活用している人ほど、筋肉量が少ない傾向にあるという結果が得られています。

計量前は数食にわたって固形物を一切取らない格闘家もいる
計量前は数食にわたって固形物を一切取らない格闘家もいる / Credit: 写真AC

この結果は、早い段階から急速減量を行うことで、キャリアのピークを迎えた際に高い筋肉量を維持するのが難しくなる可能性を示唆しています。

さらに、筋肉量が少なくなると、脂肪は筋肉に比べて水分をあまり保持できないため、同じ体重を落とす場合でもより苦労するようになります。

これらの背景を踏まえると、若い頃から急速減量に頼り過ぎると、健康面での問題や筋肉量の維持が困難になるなど、健康とハイパフォーマンスを両立する上で悪循環に陥りやすくなると考えられます。

格闘家は引退後メタボになりやすい

急速減量の悪影響は現役時代だけにとどまりません。

セルビアのノヴィ・サド大学に所属し、格闘家の急速減量に関する研究成果を数多く発表しているパトリク・ドリッド教授らの研究グループが2024年に発表した研究があります。

この研究では、セルビアの元エリート男性アスリート150名を現役時代の競技をもとに、次の2つのグループに分けた上で、メタボリックシンドロームの有病率(prevalence)を比べています。

・急速減量群:柔道、柔術、空手、キックボクシング、テコンドー、ボクシングの元格闘家で、現役時代に3回以上の急速減量をした経験がある
・対照群:水泳、サッカー、ハンドボール、陸上競技、ボート、水球など、現役時代に急速減量をしなかった元選手

その結果、メタボリックシンドロームの有病率は急速減量群で有意に高くなっていました

現役時代に急速減量をした元アスリートはメタボになりやすい
現役時代に急速減量をした元アスリートはメタボになりやすい / Credit: Maksimovic et al. BMC Public Health (2024) をもとに作成

なお、この研究におけるメタボリックシンドロームとは、腹部肥満、高血糖、高トリグリセリド血症、低HDLコレストロール血症、高血圧または降圧剤の常用という評価項目に3つ以上当てはまることです。

元格闘家のメタボリックシンドロームの有病率が高い理由について、ドリッド教授らは、若い頃から体重を急激に減らした経験を持つ者は、年を重ねたときに健康に悪影響が生じやすいと指摘しています。

より具体的には、現役時代に繰り返される飲食物の制限が引退後の代謝機能に不利益をもたらしたり、過度な脱水症状が心臓や血管へのリスクを高め、メタボリックシンドロームに関連する諸問題につながったりする可能性です。

一般人であっても、無理なダイエットをすると、脂肪を蓄積しやすい体質に変わると言われますが、格闘家の体にも同じようなことが起こるのかも知れません。

短期的な利益と長期的な損失

一口に格闘家といっても、その競技種目やプロアマ、出場する団体などの違いによって計量から試合までの間隔などの事情は異なります。

例えば、柔道の公式計量は大会前日に行われるものの、抜き打ち(ランダム)で大会当日にも計量が行われます。

抜き打ちで選ばれた場合、規定体重の5%を超えていると失格になってしまうため、水抜きに頼り過ぎることは難しくなります(水抜きによって失われた体重は水分を摂るとあっという間に戻ります)。

一方、総合格闘技を主催する多くの団体は、前日計量を採用している上、当日の体重制限(俗にいう「戻し制限」)もありません。

そのため、総合格闘家の多くは体重の5%を超える急速減量をした上で、試合時には計量とは別人に見えるような体格で試合に挑む者も多いのです。

少し前にはなりますが、イギリス放送協会のインターネットテレビチャンネルであるBBC Threeで放映されたドキュメンタリーでは、計量まで24時間を切ってから約7kgを一気に落とす格闘家の姿が放送され、海外で大きな反響を呼びました。

競技種目にもよりますが、高い筋肉量を持つ格闘家にとって急速減量は、試合の勝敗という観点から見るとアドバンテージになり得ることは事実です。

そのため、目先の勝利を優先する場合、急速減量は妥当な行為と言うこともでき、その是非は競技や引退後のキャリアへの捉え方によって変わるという側面もあります。

しかし、長期的な視点で見ると、行き過ぎた急速減量は自縄自縛の行為と言えるのです。

格闘家に限らず、男女ともに若い頃に見た目を気にして無茶な減量をする人もいますが、格闘家の生涯を追っていくとそれが人生後半まで続くリスクを伴っていることがわかるでしょう。

無理な減量は健康を犠牲にする行為であることをしっかり意識する必要があります。

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参考文献

総合格闘技界の水抜き事情から考える健康とハイパフォーマンスの妥協と協力
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4824

元論文

Rapid weight loss among elite-level judo athletes: methods and nutrition in relation to competition performance
https://doi.org/10.1080/15502783.2022.2099231

The Association between Rapid Weight Loss and Body Composition in Elite Combat Sports Athletes
https://doi.org/10.3390/healthcare10040665

Prevalence of metabolic syndrome and its association with rapid weight loss among former elite combat sports athletes in Serbia
https://doi.org/10.1186/s12889-024-17763-z

ライター

髙山史徳: 大学では健康行動科学、大学院では体育学・体育科学を専攻。持久系スポーツの研究者として約10年間活動。 ナゾロジーでは、スポーツや健康に関係する記事を執筆していきます。 価値観の多様性を重視し、多くの人が前向きになれる文章を目指しています。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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