抗生物質は、細菌による感染症を治療するための薬です。
しかし、抗生物質は身体にとって良い働きをする腸内細菌(善玉菌とも呼ばれる)まで排除することがあります。
最近、アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)化学科に所属するクリステン・A・ムニョス氏ら研究チームは、マウス実験において、病原菌だけを排除し、善玉菌には影響を与えない抗生物質を開発することに成功しました。
まだマウス実験の段階ですが、この成果からは人間にも適用できる次世代抗生物質の開発が期待されます。
研究の詳細は、2024年5月29日付の科学誌『Nature』に掲載されました。
目次
- 抗生物質は身体とって良い働きをする菌も殺してしまう
- 病原菌だけを選択的に殺す「次世代抗生物質」を発見
抗生物質は身体とって良い働きをする菌も殺してしまう
体調が悪くて病院に行くと、抗生物質を出されることがあります。
この抗生物質とは、細菌による感染症を治療するための薬です。
抗生物質は、細菌の細胞構造を破壊したり、細菌の増殖を阻害したりすることで細菌に対処するのです。
例えば、中耳炎、肺炎、膀胱炎などは細菌感染が原因であることが多く、抗生物質が処方されます。
しかしこの抗生物質には、欠点があります。
常在菌や身体にとって良い働きをする菌まで殺してしまい、副作用が出ることがあるのです。
例えば、抗生物質を使用すると腸内の善玉菌も減ってしまうので腸内環境が乱れてしまうでしょう。
またそのような腸内細菌叢の乱れは、感染症に対する脆弱性を高め、胃腸や腎臓、肝臓のトラブルに繋がることもあります。
抗生物質の利用において、上記のような身体に必要な最近も殺してしまうという問題が特に大きく現れるのは、グラム陰性菌を無差別に殺すというタイプの薬です。
細菌はデンマークの学者ハンス・グラム氏によって考案されたグラム染色法により、「グラム陽性菌(ブドウ球菌、連鎖球菌など)」または「グラム陰性菌(大腸菌、サルモネラ菌など)」の2種類に大別されます。
このグラム陽性菌とグラム陰性菌では細胞壁の構成が異なっており、グラム陰性菌は二重の防御層を持っているため、グラム陽性菌に比べて殺菌が困難です。
そのためグラム陰性菌由来の感染症だけをターゲットにできる抗生物質はほとんどありません。身体に有益な細菌を殺してしまう強い抗生物質は主にグラム陽性菌ごと無座別にグラム陰性菌も殺す薬です。
しかし腸内細菌叢のかなりの割合がグラム陰性菌で構成されているため、こうした抗生物質を使った場合、身体にはかなりの影響を及ぼすことになります。
例えば、グラム陰性菌由来の感染症に対して有効な抗生物質「コリスチン」は、細菌性赤痢などに対して有効ですが、腎不全、肝機能障害だけでなく、生命を脅かす偽膜性大腸炎などを引き起こす恐れがあり、通常は「最終手段」として利用されます。
こうした背景にあって、ムニョス氏ら研究チームは、「グラム陰性菌を無差別に殺さない抗生物質」を開発したいと考えたのです。
病原菌だけを選択的に殺す「次世代抗生物質」を発見
ムニョス氏ら研究チームは、抗生物質がグラム陰性菌を無差別に殺す問題に対処するため、グラム陰性菌のみが持つ「Lolシステム」に着目しました。
これは細菌の増殖に寄与する重要なメカニズムです。
しかもこのシステムは、感染症を引き起こす有害な菌と、身体に有益な菌において、遺伝的に異なっています。
つまり、遺伝的に異なる有害な菌のLolシステムだけを阻害できれば、腸内細菌叢を守りつつ、グラム陰性菌由来の感染症だけを治療できる可能性があるのです。
そして研究チームは、様々な化合物構造を試した結果、新しい化合物「ロラマイシン(lolamicin)」にたどり着きました。
実験室でのテストでは、ロラマイシンの投与により、有害なグラム陰性菌の一部を選択的に死滅させることに成功しました。
感染症の主な原因となる大腸菌や肺炎桿菌、エンテロバクター・クロアカの3種に関しては、最大90%も死滅させることに成功しました。
また、敗血症のマウスと肺炎のマウスにロラマイシンを経口投与したところ、敗血症のマウスでは100%、肺炎のマウスでは70%が救命されました。
しかもそれらのマウスの腸内細菌叢は、3日間の治療期間中だけでなく、その後28日間の回復期間中も悪影響を受けていませんでした。
この結果は、マウスの腸内環境に劇的な変化を与えて有益な腸内細菌を減少させる「標準的な抗生物質」とは、対照的です。
もしかしたらこの成果は、人間に対しても適用できるかもしれません。
ロラマイシンは善玉菌を保護しながら病原菌だけを死滅させる「次世代抗生物質」として注目に値するものです。
とはいえ、実際にロラマイシンが薬局で販売されるのは、まだまだ先のことです。
研究チームは、「この薬を他の細菌でもテストし、毒性を判断していくには、さらに何年もの研究が必要だ」と述べています。
こうした薬が一般的になれば、もう抗生物質を飲んでお腹を下すということもなくなるかもしれません。
参考文献
New antibiotic kills pathogenic bacteria, spares healthy gut microbes
https://news.illinois.edu/view/6367/668002791?utm_medium=web&utm_term=newsbureau&utm_campaign=yts&utm_source=uihomepage#image-2
Next-gen antibiotic kills superbugs but leaves good gut bacteria alone
https://newatlas.com/medical/next-gen-antibiotic-microbiome/
元論文
A Gram-negative-selective antibiotic that spares the gut microbiome
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07502-0
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。