現在、偽物の薬によって起こる「プラセボ効果」は多くの人々によって知られています。
しかし近年の研究により、手術をしたふりだけをする偽手術「プラセボ手術」にも、本物の手術に匹敵する効果が得られる場合がある、ことがわかってきました。
プラセボ手術ではリアリティーを出すために、実際に皮膚の切開が行われ本物の手術に似た傷跡が残されますが、その他は一切何も行われません。
本当にプラセボ手術では、思い込みの力だけで痛みや病状を改善させることができるのでしょうか?
目次
- プラセボ手術は本当に効果がある
- プラセボ手術は体の再生能力を活性化させる
プラセボ手術は本当に効果がある
偽物の薬が本物の薬のように作用するプラセボ効果は、人体の不思議を代表する現象です。
プラセボ効果が影響を与える範囲は極めて広範に及んでおり、痛みやうつ症状の軽減だけでなく、パーキンソン病患者の運動機能の改善にも効果があることが知られています。
プラセボ効果の発生する仕組みについてはまだ解明されていない部分が多くありますが、一説には「患者が効果を信じることで体がその期待に反応し治癒効果に等しい反応が起こる」と考えられています。
そこで1990年代、ブルース・モーズリー氏は外科手術にも同じような効果が現れるかを確かめる試みが行われました。
調査に当たっては、酷い膝の痛みを訴える180人の患者を2つのグループに別け、一方のグループには本物の手術を行い、もう一方のグループにはプラセボ手術とも言われる偽の手術を行いました。
本物の膝の手術では、小さな金属の管を膝に挿入し、傷ついた軟骨を修復したり痛みの原因となる砕けた骨片の除去が行われます。
一方、プラセボ手術では膝を小さく切開するだけであり、器具を入れて軟骨を修復したり骨片を取り去ったりは行われません。
そのためプラセボ手術を受けた患者は、本物の手術を受けた患者と同じような傷跡が表面に残ることになります。
またプラセボ手術では患者に本物の手術を受けたと思わせるために、医師と看護師たちはあたかも本物の手術が行われているかのようなやり取りや手術の音を出していました。
そして患者全員に対し2年間の追跡調査を行い、痛みなく階段を登れる数を調べました。
すると驚くべきことに、プラセボ手術は本物の手術と同等の効果があることが判明します。
同様の効果は別の研究でもみられました。
たとえば本物の椎体形成術では、グラグラする背骨を固めて痛みを止めるために背骨の両側にセメントが注入されます。
しかし背骨付近に針を刺すだけのプラセボ手術を行ったところ、患者たちは本物の手術を行ったのと同じように痛みがなくなりました。
また53件のプラセボ手術を行った事例をまとめたところ、51%では本物の手術とプラセボ手術の間に効果の差がないことが判明します。
(※残りの49%では本物の手術のほうが効果が優れていました)
具体的には、傷みの軽減のために行われる膝や背中のプラセボ手術は、本物の手術と同じくらいの効果がみられました。
また片頭痛の治療のために脳にインプラントを埋め込んだふりをするプラセボ脳手術でも、本物のインプラントを埋め込んだのと同じ効果がみられました。
また胃腸の出血を止めるために行われる偽のレーザー手術にも、本物の手術とおなじくらいの効果がありました。
プラセボ手術は体の再生能力を活性化させる
なぜプラセボ手術には、本物の手術と同じ効果が得られるのでしょうか?
ここで注意すべきなのは、偽薬のプラセボと偽手術を意味するプラセボ手術は、名前が似ていても大きな違いがあるという点です。
プラセボ手術では、患者の思い込みを促すために本物と同じような傷跡が残されます。
つまり偽薬(プラセボ)が体に対して全く効果がない成分である一方で、偽手術(プラセボ手術)では本当に患部を切り開いているのです。
これまでの研究により、傷を負った組織では創傷治療カスケードと呼ばれる再生プロセスが活性化されることがわかってきました。
再生プロセスでは、出血を止めるための血栓、体内に入り込んだ雑菌を排除するための白血球、組織に栄養を与えるための新たな血管の形成などが、急速に起こります。
このような急速な再生プロセスに、痛みを発している膝や腰などの患部が巻き込まれ一緒に治癒する可能性があります。
またプラセボ手術で傷跡を偽装するときに鎮痛薬が使われることがあります。
鎮痛薬が効き始めると患者は自由に動き回れるようになり、頻繁に動くことで痛みが軽減され、機能が改善する場合もあります。
「腰痛を治すには動いたほうがいい場合がある」と言われるのと似た原理と言えるでしょう。
(※注意:症状は個人によって異なるため実施する前には医師の判断を仰いでください)
したがって、プラセボ手術はその名前に反して、病んでいる組織に対する低侵襲性の刺激(弱い刺激)となっていると言えるでしょう。
そのため患者に対して、これから行う手術がプラセボ手術だと正直に伝えた場合も、効果が得られることがわかっています。
この先プラセボ手術の有効性が認知され、広く取り入れられるようになれば、リスクの高い本物の手術を試す前の「試し」として利用されるかもしれません。
参考文献
‘Sham’Surgery Can Actually Fix Our Bodies. So Why Are Some Against It?
https://www.sciencealert.com/sham-surgery-can-actually-fix-our-bodies-so-why-are-some-against-it
元論文
Use of placebo controls in the evaluation of surgery: systematic review
https://doi.org/10.1136/bmj.g3253
Arthroscopic surgery for degenerative tears of the meniscus: a systematic review and meta-analysis
https://doi.org/10.1503%2Fcmaj.140433
A Controlled Trial of Arthroscopic Surgery for Osteoarthritis of the Knee
https://doi.org/10.1056/nejmoa013259
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部