子どもの頃、セミにおしっこをかけられた経験のある人がいるのではないでしょうか?
このセミがおしっこを遠くに飛ばせる、つまりおしっこを噴射できるということ、実はすごいことなのです。
2015年に「動物のおしっこに関する研究」がイグノーベル物理学賞を受賞し、その研究は「体が小さい動物(3kg未満)は、おしっこを噴射しない」と予想しています。
このイグノーベル賞の研究に端を発する、体の大きさとおしっこのスタイルの関係は「動物のおしっこの法則」として広く知られてきました。
しかし今回、ジョージア大学(University of Georgia)の研究チームは、セミは体重わずか2gなのにも関わらず、おしっこを噴射できることを科学的に明らかにしました。
この発見をふまえて、研究チームはこれまで通説とされていた「動物のおしっこの法則」を拡張する、「新・動物のおしっこの法則」を提唱しました。
本研究成果は2024年3月11日付に科学誌「PNAS」に掲載されました。
目次
- 「体の大きい動物だけがおしっこを噴射できる仮説」を覆すセミのおしっこ
「体の大きい動物だけがおしっこを噴射できる仮説」を覆すセミのおしっこ
2015年、「動物のおしっこに関する研究」が人々を笑わせ、そして考えさせられる賞に贈られるイグノーベル物理学賞を受賞しました。
このイグノーベル賞を受賞した研究は「体重が3kg以上の哺乳類はどれも、おしっこをだいたい21秒で済ませる」ことを発見し、大きな話題を呼びました。もちろん私たちヒトも哺乳類ですので、おしっこはだいたい21秒です。
ではなぜ、体重が3kg以上の哺乳類は、おしっこをだいたい21秒で済ますのでしょうか?
これについて、イグノーベル賞の研究は「おしっこを噴射できるかどうか」ということに注目しています。
この研究では、ネズミからゾウまでの、体の大きさの異なる16種類の哺乳類のおしっこについて調べおり、体の大きいウシのような動物はおしっこを噴射するが、体の小さいネズミのような動物はぽたぽたと水滴を垂らすようなおしっこをすることに着目しています。
そして、16種類の哺乳類のおしっこのスタイルを解析した結果、「体重3kgを境にして、ある動物がおしっこを噴射するかしないかを区別できる」と予測しました。
このイグノーベル賞の研究に端を発する、体が大きいとおしっこを噴射でき、小さいとできないというおしっこのスタイルは「動物のおしっこの法則」として広く認識されてきました。
しかし、これからの夏の季節の風物詩といえるあの騒がしい虫が、このおしっこの法則に一石を投じるゲームチェンジャーとなりました。
その虫とは、そう「セミ」です。
今回、ジョージア大学(University of Georgia)の研究チームはハイスピードカメラによる観察や物理計算などを用いてセミのおしっこを詳しく調べました。
その結果、セミはわずが2gしかないにもかかわらず、おしっこを噴射できることが明らかになりました。
つまり、これまで信じられてきたおしっこの法則には不完全な点があることになります。
では、なぜセミは噴射スタイルのおしっこをするのでしょうか?
動物はおしっこをするためにもエネルギーを必要とします。これまでの通説として、虫はおしっこを噴射するよりも、ぽたぽたと垂らして排出するほうがエネルギー効率がいいと考えられてきました。
しかし、セミの餌は95%が水分である樹液であるため、セミは他の虫に比べると、非常に栄養に乏しい餌を食べているといえます。
そのため、セミが十分な栄養を確保するためには、1日に体重の300倍もの樹液を飲まなければなりません。
つまり、セミが餌を食べる時には、同時にいらない大量の水を排泄するというタスクを背負うことになります。
そこで、セミのように、食事のたびに大量の水を排泄しなければならない動物においては、おしっこをぽたぽたと垂らすよりも、噴射したほうが、消費エネルギーが少ないと研究チームは説明しています。
体重わずか2gのセミがおしっこを噴射できるという事実は、「体重3kgを境にして、ある動物がおしっこを噴射するかしないかを区別できる」というおしっこの法則の反例となります。
そのため、体の大きさに注目した既存のおしっこの法則には欠点があり、現実の動物たちが見せるおしっこのスタイルを説明するためには、より優れた法則が必要となります。
そこで研究チームは、体の大きさではなく、「ウェーバー数」という流体力学的な指標に注目しました。このウェーバー数とは、流れの慣性力と表面張力の比を表した指標です。
研究チームは、いろいろな体の大きさを示す動物のおしっこに関するウェーバー数をプロットしました。その結果、動物のおしっこのスタイル(おしっこを噴射するか/しないか)を、ウェーバー数によってうまく説明することができました。
具体的には、ウェーバー数が1以下であればおしっこは噴射されず、1以上であればおしっこが噴射されることを説明できました。
この発見は「体の大きさ」を指標とするよりも、「ウェーバー数」を指標とした「新・動物のおしっこの法則」のほうが、動物のおしっこのスタイルをより正確に予測できることを意味します。
私たちにとってセミは、とても身近な存在です。
そのため、セミがおしっこを飛ばすなんて当然のことで、わざわざ注目するには値しないように思えてしまいます。
しかし、生き物の生態をいろいろな種で比較してみると、これまで知られていた法則に従わない稀な事例がみつかることがあります。
その発見は私たちに、「これまで常識とされていたことって、実は間違っているんじゃないのか?」と気が付くきっかけを与えてくれます。
今回のセミの発見は、身近な生物のありふれた行動のなかにも、生物の法則を解き明かすヒントが隠されているということを示す好例といえるでしょう。
参考文献
Duration of urination does not change with body size
https://doi.org/10.1073/pnas.1402289111
‘Universal urination duration’wins Ig Nobel prize
https://www.bbc.com/news/science-environment-34278595
Cicadas pee in jet streams like bigger animals
https://www.popsci.com/environment/cicadas-pee-in-jet-streams/
Why Cicadas Power Spray Their Pee
https://www.scientificamerican.com/article/why-cicadas-power-spray-their-pee/
元論文
Unifying fluidic excretion across life from cicadas to elephants
https://doi.org/10.1073/pnas.2317878121
ライター
近本 賢司: 動物行動学,動物生態学の研究をしている博士学生です.動物たちの不思議な行動や生態をわかりやすくお伝えします.
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。