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水の層が原因じゃない!氷が滑りやすい「本当の理由」を解明【Nature】


単なる「水の層」のせいではありませんでした。

中国の北京大学(PKU)で行われた研究により、氷が滑りやすい本当の理由が明らかになりました。

氷が滑りやすい理由について、私たちは長い間、圧力や摩擦によって表面に生成される水の層が原因だと信じてきました。

しかし近年では、氷の滑りやすさがそれらでは説明できないことが明らかになっています。

氷を滑りやすくしていたものの真の正体とは、いったい何だったのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年5月22日に『Nature』にて発表されました。

目次

  • 圧力や摩擦で氷が解けていたわけではない
  • 氷の表面を覆っているものの正体を突き止める

圧力や摩擦で氷が解けていたわけではない

冬場に氷の上で滑って転んでしまった経験を持つ人は多いでしょう。

氷は知られている物質のなかでも、特に滑りやすい特性を持っていることが知られています。

この氷が持つ滑りやすい性質は、表面に出現する液体の水の層が潤滑剤として作用するためであることが知られています。

しかし実際には、マイナス30℃やマイナス40℃など、水が液体として存在できない環境でも、氷は滑りやすいままです。

そのため一般には「圧力が氷を溶かして水の層を作る」とする圧力説が信じられていました。

たとえば氷点下の環境でスケートができるのも、スケートの刃が氷に対して圧力をかけたり摩擦熱を生じさせ、部分的に滑りやすい水を生成しているとする考えです。

下の図は氷・水・水蒸気の関係を示したものです。ちょっと分かりづらい図ですが、273.15Kが0℃で、1気圧は約1万(10⁵乗)Paです。

そのためこのグラフを見ると、圧力が1気圧より高まった場合、0℃より低い温度でも氷が水になるということがわかります。

氷Ih相と水と水蒸気の関係。通常の3相とは違い水と氷の間のラインが右肩下がりになっている
氷Ih相と水と水蒸気の関係。通常の3相とは違い水と氷の間のラインが右肩下がりになっている / Credit:日本機械学会誌

とはいえ氷領域と水領域をわけるラインはかなり急激に下降しており、多少の圧力変化では水領域へ移動しないことがわかるでしょう。

実際測定を行うと、人間の体重程度の圧力では、十分に冷えた氷点下の氷を解かせないことがわかっています。

たとえば体重60kgの人がスケート靴をはいて氷の上に立った場合の圧力では、融点はわずか0.17℃しか下がりません。

なので氷の温度が0℃より大幅に低い場合、圧力による融解はほとんど起こらないのです。

圧力によって氷に水の層が生まれ、滑りやすくなるという考え方は、この事実から否定されます。

そのため近年では摩擦熱が氷を溶かしている、とする説が有力視されるようになりました。

しかし摩擦熱で説明できるのはマイナス30℃程度までであり、これより低温になると摩擦熱を加えても氷は容易に融けなくなります。

ところが、摩擦で水の層ができにくいマイナス35℃の氷でも依然として氷は滑ることがあり、さらに氷の上に静止した物体でも滑ることがあるため、摩擦熱を用いても水の層で氷が滑るという考えは支持できないのです。

つまり氷が滑りやすいのは、圧力や摩擦といった単純な物理的接触以外の「何か」が根底に潜んでいるのです。

この事実に最初に気づき理論化したのは、物理学者ファラデーでした。

ファラデーは0℃以下で2つの氷を接触させておくと「くっついてしまう」という現象をもとに「0℃以下の氷も実は常に水の層で覆われており」氷がくっつくのは水の層が再凍結したからだと結論しました。

現在では技術の進歩により、氷の外面は液体のように振る舞う水分子群に覆われていることが判明しており、ファラデーの推察が正しかったことが証明されています。

つまり氷が滑りやすいのは、圧力や摩擦に頼らずとも、その表面が常に潤滑剤として働く分子で覆われているせいだったのです。

しかしこの滑りを良くする分子が、どこからやってくるのか(起源)、またどのような配置パターンをしているか(構造)、その詳細は不明なままでした。

そのため人類の理解は現状「氷が滑るのは、なんとなく水のような層があるから」程度に限られていたのです。

氷の表面を覆っているものの正体を突き止める

そこで今回、研究者たちは、原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を使い、マイナス123℃(150K)の氷の表面を詳細に調べることにしました。

するとマイナス123℃(150K)付の表面は配置パターンが異なる「2種類の氷」で構成されていることが確認できました。

青の領域の氷は「氷Ih相(こおり1エイチそう)」、赤の領域の氷は「氷Ic相(こおり1シーそう)」と呼ばれています。今回の研究では新たにこの2つの境界部分にある無秩序な動きをする水分子(黒色)について調べられました
青の領域の氷は「氷Ih相(こおり1エイチそう)」、赤の領域の氷は「氷Ic相(こおり1シーそう)」と呼ばれています。今回の研究では新たにこの2つの境界部分にある無秩序な動きをする水分子(黒色)について調べられました / Credit:北京大学

1つ目の氷は、上の図の青色のように、下に描かれた6角形の格子に従って配置されています。

しかし同じ配列は永遠には続かず、ある地点で、別の6角形のパターンを持つ領域(赤色)に変化していたのです。

青の領域の氷は「氷Ih相(こおり1エイチそう)」、赤の領域の氷は「氷Ic相(こおり1シーそう)」と呼ばれます。

氷の結晶パターンは多様であり、この2つも水分子の積み重なり形の違いによって区別できます。

今回の研究では新たに、2つの領域のつなぎ目部分に、どちらにも属さない無秩序な動きをする水分子(黒)が存在していることが発見されました。

そして研究者たちがマイナス123℃(150K)から少しずつ温度を上げていくと、無秩序な水分子(黒)の領域が徐々に拡大され、マイナス126℃(153K)に達すると氷の全面を覆うようになっていました。

固体と液体の違いの1つに、分子がどれだけ自由(無秩序)に動けるかがあります。

研究者たちは、この拡大した無秩序な水分子こそ、一般に言われている「氷の表面を覆う水の層」の起源であると述べています。

私たちが日常生活で接する氷の多くはせいぜいマイナス数十度です。

そのため私たちが普段接する氷の多くは全て、この無秩序な分子で覆われていることになります。

研究者たちは、この無秩序な分子の存在によって氷の表面に水のような光沢が与えていると述べています。

ただ発見された無秩序な水分子(黒)は固体の氷になるべき温度で液体の水のように動くという興味深い特質を持つため厳密には単なる「液体の水」ではなく「氷の準液体層」という奇妙な位置づけとなっています。

つまり氷の表面を覆って滑りやすさに貢献していたものは厳密には氷でも水でもないユニークな存在だったのです。

圧力説、摩擦説、ファラデーの予測といった様々な説を経て、ついに氷の表面に存在する「何か」の正体と起源が判明したと言えるでしょう。

全ての画像を見る

参考文献

Atomic-resolution imaging shows why ice is so slippery
https://phys.org/news/2024-05-atomic-resolution-imaging-ice-slippery.html

元論文

Imaging surface structure and premelting of ice Ih with atomic resolution
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07427-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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