最近よくADHD(注意欠如・多動症)の話題をよく耳にするなと感じている人は多いかもしれません。
実際アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の最新調査によると、米国内における3〜17歳までのADHD症例数は2016年の540万人から2022年の650万人以上にまで増えていることがわかりました。
子供のおよそ9人に1人がADHDと診断されていたというのです。
この傾向は日本も例外ではなく、2010〜2019年にかけてADHDと診断された0〜6歳児の数は2.7倍、7〜19歳では2.5倍、20歳以上では21.1倍にまで増加していると報告されています(信州大学, 2022)。
しかし一体なぜADHDの症例数は増え続けているのでしょうか?
研究の詳細は2024年5月22日付で医学雑誌『Journal of Clinical Child &Adolescent Psychology』に掲載されています。
目次
- なぜADHD症例数は増えているのか?
- コロナパンデミックも増加に関与していた?
なぜADHD症例数は増えているのか?
ADHD(注意欠如・多動症)は、不安定な集中力や落ち着きのなさ、思いつきで行動してしまう衝動性などを特徴とする発達障害の一つです。
その多くは12歳以前の小児期に発症しますが、大人になってからでもADHDと診断される人は少なくありません。
研究主任の一人でCDCの統計学者であるメリッサ・ダニエルソン(Melissa Danielson)氏は、世界的にADHDが増加している理由について主に2つの理由を挙げています。
1つ目はADHDへの認識度が高まっていることです。
昨今はADHDが公的に広く取り沙汰されるようになっており、医者だけでなく、親や教師あるいは本人がADHDの存在を知るようになっています。
その中で「この子はADHDなのではないか?」「自分もADHDかもしれない」と気付きやすくなり、それが症例の特定につながっているというのです。
そして2つ目はADHDの治療法や支援体制が増えていることです。
ADHDには現在、薬物治療や行動療法が充実しており、またADHD小児に対する学校側のサポートも以前に比べると遥かに整備されつつあります。
ダニエルソン氏は「ADHDの治療や支援を安心して受けられる体制が増えていることで、保護者や患者が診断を受ける動機が高まっているのでしょう」と話しました。
つまるところ、ADHDの世界的な増加傾向は患者自体の数が増えているというよりも、診断の機会が増えていることが要因と考えられるのです。
それゆえ、ADHD症例数の増加は「診断が広く行き届いているという点で、肯定的な結果である可能性が高い」とダニエルソン氏は指摘しています。
コロナパンデミックも増加に関与していた?
その一方で、ダニエルソン氏は2019年末から世界的に流行した「コロナパンデミック」もADHD症例数の増加に関与しているのではないかと話します。
特に子供たちにおいては、コロナ禍によるリモート学習のストレス、社会的な孤立、家族の健康不安、日常生活の乱れなどから、ADHDに特有の「不注意・多動性・衝動性」の症状を悪化させた可能性が高いのです。
それから、おうち時間が長くなったことで、スマホやパソコン、テレビ、ゲームなど、スクリーンタイムの時間が急増したことを関係していると推測されています。
実際に最近の研究によると、1日に2時間以上スマホを使用している人は、スマホ使用が少ない人に比べて、ADHDの症状を発症するリスクが10%も高いことが示されているのです。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。
また研究者らは「保護者が子供と家で過ごす時間が長くなったことで、子供のADHD傾向に気付きやすくなったことも一因でしょう」と考えています。
以上を踏まえると、ADHD症例数の増加はADHDに対する人々の認識度が高まっていることが大きな要因であり、それにプラスして、コロナ禍に伴うストレスやスクリーンタイムの増加が症状を悪化させた可能性があると見られるようです。
誰もがADHD的な特性を持っている?
そう考えると、何かしらのADHD特性を持っている人は知られていないだけで、世の中にたくさんいることになるでしょう。
そもそも集中力が不安定だったり、落ち着きがなかったり、思いつきで行動する特性は、程度の差こそあれ、誰もが持っているはずです。
厳格な規律や協調性が求められる学校や会社では、そうした傾向がある種の「疾患」や「障害」とカテゴリーされるかもしれませんが、反対にADHDには優れた長所もたくさんあります。
例えば、独創性に富んでいて発想力があったり、好奇心旺盛で挑戦的だったり、寝食を忘れて一つことに没頭できるなど、これらは「個性」として大きな強みです。
確かにADHDによって社会に馴染めず、苦しんでいる人も多いので、単純にADHDを「個性」として片付けるのは難しい問題です。
しかしながら、多くの人がADHD的な性向を少なからず共有している現在にあって、そのすべてを一言で「疾患」や「障害」と呼んでしまうのはもはや適切ではないでしょう。
参考文献
Why have rates of ADHD in kids gotten so high?
https://www.nbcnews.com/health/kids-health/adhd-rates-kids-high-rcna153270
2012年から2017年にかけて大人のADHDの診断数が日本で急増 -全国の診療データベースを用いた大規模疫学調査-
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/topics/2022/10/13169850.php
元論文
ADHD Prevalence Among U.S. Children and Adolescents in 2022: Diagnosis, Severity, Co-Occurring Disorders, and Treatment
https://doi.org/10.1080/15374416.2024.2335625
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部