弱い者が過酷な自然界を生き抜く上で「死んだふり」は大切な生存戦略です。
その多くは仰向けになって動きを止める方法が主流ですが、中にはもっとド派手な演出をする者がいます。
それがユーラシア大陸に広く分布する「ダイススネーク(Dice snake)」です。
彼らは天敵に遭遇すると、口から血を吐きながら地面をのたうち回り、挙げ句の果てにはウンチを漏らして全身になすりつける死んだふりを行います。
そして最近、セルビア・ベオグラード大学(University of Belgrade)は、こうしたド派手演出をしたヘビは、演出なしでただ静止したヘビに比べて、死んだふりの効果が高まっている証拠を発見しました。
弱肉強食の世界では、迫真の演技ができるヘビほど生き残りやすいようです。
研究の詳細は2024年5月8日付で科学雑誌『Biology Letters』に掲載されています。
目次
- なぜ「死んだふり」は効果があるのか?
- 「吐血&脱糞」で捕食回避の効果が高まる?
なぜ「死んだふり」は効果があるのか?
死んだふりは、正式には「擬死(タナトーシス)」という用語で呼ばれます。
その一番の目的は天敵の脅威にさらされた際の捕食回避です。
野生動物の多くには、動いている動物を追いかける習性が本能的に備わっています。
これは目の前で元気に逃げ回っている獲物ほど新鮮かつ安全であり、逆に死んで動かない獲物だとすでに腐食が始まっていて、食べるのに危険が伴う可能性があるからです。
加えて、死んだふりには天敵の追撃を免れるメリットもあります。
どう考えても勝てない相手に立ち向かうのは勇敢ではあるものの、いつまでもボコスカとやられていると致命的な傷を負ってしまいかねません。
しかし、いち早く「あ、これ勝てんわ」と悟って死んだふりをすれば、相手も無駄な追撃をやめてくれる可能性があります。
そして追撃がなくなれば、わずかな隙を見て逃げ出すチャンスも生まれるわけです。この手口はゴキブリとの死闘で経験したことのある人がいるかもしれません。
死んだふりの詳しい効果について、こちらの記事をご参照ください。
自然界には色々な方法で死んだふりをする生物がたくさんいますが、研究チームは今回、特にド派手な演出をすることで有名な「ダイススネーク(学名:Natrix tessellata)」に注目しました。
ダイススネークはユーラシア大陸に広く分布し、主に川辺や湖の近くに生息して、魚やカエルなどを食べています。
全長は約1〜1.3メートルの細身で、全身の黒い斑点がサイコロの目に見えることからこの英名が付けられました。
ダイススネークは天敵の鳥に遭遇すると、毎回ではありませんが、口から血を吐きながら地面をのたうち回り、さらに脱糞して全身をウンチまみれにすることがあるのです。
これは死んだふりをする数々の動物の中でも、特にインパクトの強い演出として知られています。
そこでチームは、このド派手な演出が捕食回避の効果にどんな影響をもたらしているかを知りたいと考えました。
「吐血&脱糞」で捕食回避の効果が高まる?
今回の調査では、東南ヨーロッパにある北マケドニアの湖に浮かぶ「ゴーレム・グラード島」で、野生のダイススネーク263匹を捕獲し、実験を行いました。
チームは野生のヘビに対し、体を傷つけない範囲で、中腹のあたりをつねったり、突進して掴み上げたりと、天敵の鳥が行うような捕食シミュレーションを実施。
その際にそれぞれのヘビがどんな反応を示すかを記録しました。
その結果、全体の10.6%のヘビが口から血を吐き、ウンチまみれになる死んだふり演出を行うことが確認されています。
調べてみると、吐血の現象は体内のストレスホルモン値が高まり、ヘビの血圧が上昇することで引き起こされることがわかりました。
また、各個体が行った死んだふりの平均時間を計測したところ、演出なしで静止するだけの死んだふりは平均40秒近く続いたのに対し、吐血と脱糞を織り交ぜた個体では、死んだふりの時間がそれより平均して2秒ほど短くなっていたのです。
この結果について研究者は、吐血と脱糞の演出が捕食者に与える死んだふりのインパクトを強めることで、捕食者の諦めが早くなる可能性を示唆する証拠と話しています。
例えば、演出なしだと捕食者は「やったか?」と迷う時間が長引くので、自然とヘビの死んだふりも長くなるでしょう。
反対に、ド派手な演出で死んだ場合、捕食者は「完全に死んだわ」と油断するのが早くなり、ヘビの死んだふりも短くて済むと予想されます。
またこうした不快な死に方に、捕食者は病気の個体などの懸念から興味を失う可能性も考えられます。
そうした野生下での傾向が今回の実験にも現れたことで、ヘビの死んだふりの解除が早くなったのかもしれません。
※ 血を吐きながら死んだふりをするダイススネークの画像はこちらからご覧いただけます。
研究者らは「2秒は決して長い時間ではないかもしれませんが、ヘビにとっては捕食者の隙を見て逃げ出すには十分な時間です」と話します。
また死んだふりは無防備で危険な状態ですので、さっさと切り上げられるに越したことはありません。
自然界では数秒の気の緩みが命取りになる可能性があるので、2秒でも大きな差があると考えられます。
またこうした派手な死に方や死んだふりの時間は、若い個体のヘビでは少なく、糞便まで交えた死んだふりは老いた個体の方が多い傾向があったという。
以上の結果から、ダイススネークの吐血と脱糞を伴うド派手な演出は捕食回避の効果を高めている可能性があると結論されました。
さらにチームは今後、ダイススネークの中にもド派手な死んだふりをする個体としない個体がいるのはなぜか、また捕食者が実際にそうした演出にどんな反応を示すのかを明らかにしたいと考えています。
参考文献
Incredible Snake Actors Smear Themselves In Blood And Poop To Play Dead
https://www.iflscience.com/incredible-snake-actors-smear-themselves-in-blood-and-poop-to-play-dead-74140
These snakes play dead, bleed, and poop to avoid being eaten
https://www.popsci.com/science/snakes-play-dead/
元論文
Synergistic effects of musking and autohaemorrhaging on the duration of death feigning in dice snakes (Natrix tessellata)
https://doi.org/10.1098/rsbl.2024.0058
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。