宇宙には重力に関する不具合があるようです。
カナダのウォータールー大学(UW)で行われた研究によって、私たちの宇宙では重力定数が一様ではなく、宇宙の端では重力が1%ほど弱くなる宇宙法則の不具合「グリッチ」が起きていることが示されました。
既存の宇宙論「ΛCDM」は近年の観測結果によってその信頼性が揺らいでおり、何らかの抜本的な修正が求められています。
グリッチはバグと同じくコンピューターで起こる障害を意味しますが、バグが主にプログラムのミスで起こる一方、グリッチは主にプログラムに原因はなくシステム全体を原因とした予測不能の不具合であり、ある意味でシステムの個性とも解釈できます。
もし宇宙全体をプログラムする完璧な存在がいたとしても、バグはなくせてもシステム全体の個性であるグリッチが起こることは防げなかったでしょう。
新たな研究では宇宙法則に一定の不具合「グリッチ」が存在することを認めることで、宇宙論の基礎にあるアインシュタインの理論や最新の観測結果を否定することなく両者をより上手く擦り合わせられることが示されました。
研究内容の詳細は『Journal of Cosmology and Astroparticle Physics』にて「重力における宇宙の不具合(グリッチ)(A cosmic glitch in gravity)」とのタイトルで公開されています。
目次
- 宇宙の端では重力が1%ほど弱くなっている
宇宙の端では重力が1%ほど弱くなっている
過去 100 年間、物理学はアルバート アインシュタインの一般相対性理論に従って、宇宙全体で重力がどのように機能するかを説明してきました。
またアインシュタインの理論は単に観測された現象を理解するだけでなく、私たちが知らなかった宇宙の側面を予測するのにも役立っています。
たとえば2019 年 4 月に一般に公開されたブラック ホールの最初の画像は、超大質量ブラック ホール外観(事象の地平面)が一般相対性理論の予測と非常によく似ていたことが確認されました。
アインシュタインの理論を使うことで、まだ観測されていないブラックホールの外観を事前に予測できていたという事実は、多くの人々に理論の正確さについて驚きを提供しました。
一方、アインシュタインの理論は現在の宇宙論「ΛCDM(ラムダ・コールド・ダークマター・モデル)」の根幹ともなっています。
「宇宙は加速度的に膨張している」という表現を聞いたことがあるひとも多いでしょうが、このフレーズも「ΛCDM」に由来しています。
アインシュタインの理論はニュートンの上位互換として機能し、多くの物理現象の的確な理解に役立っています。
ニュートン物理学は振り子やリンゴの落下、さらに月までロケットを飛ばすための計算などを完璧にこなすことができますが、太陽近くの水星の奇妙な軌道や重力レンズなど地球圏外の物理現象については上手く機能しませんでした。
しかし近年になって、アインシュタインの理論やそれをもとにして構築された宇宙論「ΛCDM」にも限界がみえてきました。
近年の観測結果では理論に反する結果が次々と報告されるようになったからです。
たとえば宇宙の膨張速度にかんする「ハップル定数」は既存の宇宙論の根幹となる「定数」でなければなりませんが、観測対象が変化すると、算出されるハップル定数が大きく変化してしまいます。
測定には多少の誤差はつきものですが、算出された変動幅は既存の宇宙論が許容できないレベルにまで達しています。
他にも宇宙論の破綻につながるような発見は次々に発見されています。
そのため近年では、宇宙初期の暗黒エネルギーの数値を設定しなおして、理論の辻褄合わせをする方法が研究されています。
暗黒エネルギーは既存の宇宙論「ΛCDM」において、宇宙を膨張させるエネルギー源と考えられています。
この暗黒エネルギーの数値をいじることで、最新の観測結果との辻褄合わせに、ある程度合格させることが可能になります。
(※このような操作は初期ダークエネルギー (EDE) アイディアとして知られています。このアイディアでは、宇宙の初期段階からダークエネルギーが存在し、その後徐々に影響が減少していったと考えられており、既存の宇宙論ΛCDMの修正モデルと考えられています)
しかしいくつかの観測結果、特に弱い重力レンズ効果にかんするパラメータは、暗黒エネルギーの数値をいじっても改善することはできませんでした。
そのため現状の宇宙論「ΛCDM」は標準モデルと言われつつ、かなり信頼が揺らいでいる状況と言えます。
そのため最近では、宇宙論の基礎となるアインシュタインの理論か疑われるようになりました。
物理学の歴史は、理論と観測結果が一致しない場合、たいていは理論のほうが間違っていることを示しています。
ただアインシュタインの理論を完全に否定することは現代物理学にとって困難です。
アインシュタインの理論は小さな量子の世界や全宇宙規模の銀河団の動きについては上手く機能しませんが、その間に存在する中間レベルの物理現象はかなり上手く当てはまります。
そこで今回、ウォータールー大学の研究者たちは、アインシュタインの理論を否定するのではなく、宇宙規模で機能するような脚注を加える方法を編み出しました。
ニュートン物理学が宇宙法則の真実の一端を掴んでいたからこそ、アインシュタインはニュートン物理学を発展させ相対性理論を構築できたという経緯があります。
同様に研究者たちはアインシュタインの理論は明らかに宇宙の真実の一端を掴んでおり、理論が及ばない部分については修正項目を付け加えることで上手く機能できると考えたからです。
その修正方法とは、私たちの存在する宇宙には、重力にかんする不具合「グリッチ」が存在することを認めることでした。
グリッチは主にコンピューターやゲームの分野で使われている用語であり、システムにおけるあまり致命的ではないものの除去困難な障害のことを意味します。
バグと似たような意味がありますが、バグは主にプログラミング時のミスやエラーによって発生する技術的な欠陥であり、しばしばシステムやゲームをクラッシュさせるような深刻な結果をうみだします。
一方、グリッチでは原因が主にプログラム上のエラーではなく、システム全体の特徴によってうみだされる予期せぬ現象であり、ある意味でシステム全体の個性と言うこともできます。
もし宇宙がシミュレーションされた仮想世界であるならば「宇宙のバグ」は宇宙全体を崩壊させてしまう可能性がありますが「宇宙のグリッチ」は宇宙というシステムが元から備えている個性としての側面もあり、存在していても宇宙全体を崩壊させるような恐ろしい結果にはなりません。
そのため今回の研究では、私たちの宇宙に「重力にかんするグリッチ」が起こることを許容しつつ、理論と観測結果のすり合わせが行われました。
ニュートンやアインシュタインの理論では、宇宙のどこであっても物理法則は同じであることを前提にしています。
しかしアインシュタインの理論では、(光速に近いあるいは光速を超えて)拡大を続ける宇宙の端「スーパーホライズン」について上手く説明できず、グリッチが潜んでいてもおかしくありません。
では何十億光年も宇宙にアインシュタインの理論がうまく適用できないという問題について、宇宙にはどのようなグリッチが存在しているのでしょうか?
研究者たちはこれが、宇宙の端で重力が1%低いというグリッチを認めれば、我々が利用するアインシュタインの理論に影響することなく、観測結果と一致させられることが示されました。
研究者たちは研究成果について「アインシュタイン理論の脚注」と呼んでいます。
ニュートンの修正がアインシュタインの理論となったように、アインシュタインの理論にグリッチを認めることで、より正確な宇宙論を構築できる可能性があるからです。
宇宙規模での重力の理解は、現代物理学における究極の探求です。
もし宇宙レベルのグリッチを理解し、さらに仕様(宇宙法則)の穴を突くような技術を開発できれば、SFのような世界が実現するかもしれませんね。
参考文献
A “cosmic glitch” in gravity
https://uwaterloo.ca/news/media/cosmic-glitch-gravity
元論文
A cosmic glitch in gravity
https://doi.org/10.1088/1475-7516/2024/03/045
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。