最近、海外のTikTokで「パンを冷凍すると体に良くなる」という噂がまことしやかに囁かれて、反響を呼んでいます。
「また嘘くさい情報だな〜」と思うかもしれませんが、実際、過去の研究で報告されている作用できちんとした根拠が存在します。
研究によるとこの作用は、パンを焼いたときに発生する粘性のあるデンプンが、冷凍することで消化・吸収されにくい「レジスタントスターチ(resistant starch)」という難消化性デンプンに変化することで起こります。
この消化されにくいデンプンは、血糖値の急上昇が抑えられるだけでなく、腸内環境を整える効果も期待できるというのです。
このデンプンが作用した効果は、ご飯を冷凍した場合にも見られるといいます。
では、その詳しい仕組みや健康効果について見てみましょう。
目次
- 焼き立てパンの「デンプン」のマイナス面とは?
- パンを一度冷凍することで得られる健康効果
焼き立てパンの「デンプン」のマイナス面とは?
まずは焼き立てのパンに含まれるデンプンの性質について見てみましょう。
パンを焼くと、しっとりとした生地がふわふわのパンに変身しますが、このとき、小麦粉に含まれるデンプン分子が熱と水分により規則性を失い、粘性のあるデンプンへと変わります。
このように、デンプンが水と一緒に加熱されることで粘度のある糊状になる現象を「糊化(こか)」または「α化(あるふぁか)」といいます。
糊化は他に、白米を炊いたときや小麦粉をソースに加えてとろみをつけるときにも起こるものです。
そのためお米を炊飯器で炊くとベタベタとくっつく状態になりますが、それはデンプンが糊化しているためです。
糊化したデンプンは小腸で簡単に消化されやすく、体内にすばやく吸収されて、体のエネルギー源となりますが、その反面、デンプンに含まれるグルコース(糖分)を細胞に取り込みやすくしてしまいます。
グルコースが多量に吸収されると生じるのが「血糖値スパイク」と呼ばれる血糖値の急上昇です。
血糖値が急上昇すると有害物質の活性酸素が発生し、血管を傷つけ始めます。そして傷ついた血管を修復しようとして、内側の壁が厚く硬くなると、血管が詰まりやすくなるのです。
これが動脈硬化を進行させて、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高める原因となります。
さらに血糖値の急上昇に反応して、血糖値を下げるためのインスリンが過剰に分泌されます。
インスリンには血中の糖分を脂肪に換えて体にため込む働きがありますが、インスリンの過剰分泌でそれが加速され、肥満にもなりやすくなるのです。
ちなみにインスリンの過剰分泌による反動で血糖値が急降下し、今度は低血糖状態になることで、食後に強い眠気を引き起こします場合があります。これはネット上で話題になる「ドカ食い気絶部」の原理とされます。
冷凍すると消化・吸収されにくいデンプンになる!
ところが、この糊化したデンプンを冷やすと、加熱で伸びてしまったブドウ糖のひもが再び絡み合って、たくさんの結び目ができ、収縮しながら消化されにくい性質を持ち始めます。
これが「レジスタントスターチ」と呼ばれる難消化性デンプンです。
レジスタントスターチは糖質ではあるものの、消化管の酵素によって分解できないので、糖分が体内に吸収されにくくなります。
これによって、レジスタントスターチは血糖値の急上昇を抑えるだけでなく、食物繊維と同じ働きをするようになります。
炭水化物や脂質、タンパク質は体内で消化され、小腸から吸収されますが、食物繊維はそもそも体内の消化酵素では分解できない成分です。
そのため、小腸を素通りして大腸にまで到達し、腸内細菌の餌となることで、腸の環境を整える「整腸作用」を発揮します。
実際にパンを冷やすことで、糊化したデンプンが難消化性のレジスタントスターチに変わることが知られています。
特にパンを冷凍すると、冷蔵したときよりも約2倍も多くのレジスタントスターチが生成されます。
では、パンやご飯を冷凍したときの健康効果は具体的にどれほどのものなのでしょうか?
パンを一度冷凍することで得られる健康効果
英オックスフォード・ブルックス大学(OBU)は健康な成人男女10名(22〜59歳)を対象に、白パン(※)を冷凍してから食べることの健康効果を検証しました(European Journal of Clinical Nutrition volume, 2007)。
(※ 白パンとは、小麦粉全体からふすまと胚芽層を除去した小麦粉から作られたパンのこと。これにより貯蔵寿命は伸びるが、食物繊維がなくなるため、糖分を吸収しやすく、血糖値も上がりやすい)
実験では「自家製パン」と「市販のパン」を比べており、そのまま食べてもらう条件・冷凍後に解凍したものを食べてもらう条件・冷凍後にトーストした条件で、血糖値の変化を測定。
その結果、そのまま食べた条件に比べて、冷凍したパンを解凍して食べると、血糖値の上昇が2時間内で31%も減少していました。
さらに解凍したパンをトーストすると効果が高まり、血糖値の上昇が39%も減少していたのです。
この結果はパンを冷凍することで増加したレジスタントスターチの作用によるものと考えられます。
ただし、この効果は自家製パンで強く見られ、市販のパンでは血糖値の上昇に有意な変化を与えませんでした。
これについて研究者は、市販のパンに含まれるさまざまな化学物質や製造方法の違いから、レジスタントスターチの形成が抑制された可能性があると説明しています。
なのでコンビニの菓子パンなどを冷凍しても効果は期待できないでしょう。
また、この健康効果が期待できるのはパンだけではありません。
レジスタントスターチはお米やジャガイモ、うどん、パスタなどにも含まれており、それらを冷ますとレジスタントスターチが増えることがわかっています。
特に冷凍したご飯は炊き立てのご飯に比べて、レジスタントスターチの量が約1.6倍まで増えます。
ただ、冷やご飯の場合はレンジで温め直すとレジスタントスターチ量が少し減ってしまうようですが、それでも炊き立てのご飯よりは多く含まれています。
しかし冷やご飯に温かい汁物をかけて温めた場合はレジスタントスターチの減少は起こりませんでした。そのため、冷やご飯でカレーやお茶漬けを食べると効果的なようです。
一方で、ご飯を常温で長時間放置して冷まそうとするのは危険です。
米や小麦には「セレウス菌」という細菌が潜んでおり、それらは常温放置で危険水準まで増殖し、食中毒を引き起こすことがあるので注意しましょう。
いずれにせよ、パンやご飯を冷凍保存することは、便利なだけでなく健康面で有益なものになるのは確かなようです。
参考文献
Does Freezing Bread Make It Any Healthier For You? An Expert Explains.
https://www.sciencealert.com/does-freezing-bread-make-it-any-healthier-for-you-an-expert-explains
元論文
The impact of freezing and toasting on the glycaemic response of white bread
https://www.nature.com/articles/1602746
Prolonged frozen storage of partially-baked wheat bread increases in vitro slowly digestible starch after final bake
https://doi.org/10.3109/09637481003670824
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。