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ISSの宇宙環境でニュータイプの細菌が誕生していた!


細菌は宇宙環境にさらされることで、悪魔的な変貌を遂げるようです。

アメリカ航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)はこのほど、国際宇宙ステーション(ISS)で採取された細菌を調べたところ、地球上にいる同じ細菌種とは遺伝的にも機能的にも異なる姿に変異していたことを発見しました。

特に宇宙環境に適応した細菌は薬剤耐性が強くなっており、ISS搭乗員にとっても脅威となる恐れがあります。

また、そうしたニュータイプの細菌が地球に持ち帰られたとしたら…?

これは決して宇宙飛行士だけでの問題ではないかもしれません。

研究の詳細は2024年3月23日付で科学雑誌『Microbiome』に掲載されています。

目次

  • なぜISS内で細菌が繁殖するのか?
  • 宇宙環境でニュータイプの細菌が誕生していた!

なぜISS内で細菌が繁殖するのか?

国際宇宙ステーション(ISS)
国際宇宙ステーション(ISS) / Credit: ja.wikipedia

国際宇宙ステーション(ISS)は、地上から約400キロ上空に建設されている有人の実験施設です。

ISSでは宇宙に特有の環境を利用した科学実験をしたり、クルーによる船外での写真撮影やサンプル採集、ISSの修理・組み立てなどの活動が行われています。

過去20年の間に300人近い宇宙飛行士がISSを訪れてきましたが、その中で彼らが意図せずしてISSに持ち込んでしまうものがあります。

それが細菌(バクテリア)です。

宇宙飛行士の体外や体内には無数の細菌が常在しており、それらが設備との接触を介して、ISS内に置き土産として残されていきます。

ISSに取り置かれた細菌たちはその場で繁殖し、独自のコロニーを形成すると考えられています。

実際に2019年には、滞在中のクルーによる大規模なISS内の細菌調査が初めて実施され、多くの細菌コロニーが繁殖していることが確認されたのです(Microbiome, 2019)。

細菌株が採取されたISS内の場所
細菌株が採取されたISS内の場所 / Credit: Kasthuri Venkateswaran et al., Microbiome(2019)

これはISSに滞在するクルーにとって懸念すべき事実でした。

というのも宇宙空間のような微小重力下では、人体の免疫システムが低下し、病原菌に対する脆弱性が高まる可能性があるからです。

加えて、ISSのような宇宙環境は地球上とはまったく異なる環境にあります。

温度や湿度、気圧が常に人為的に制御されているだけでなく、微小重力や放射線、高濃度の二酸化炭素にさらされています。

そうした環境下で生き延びるために、細菌は宇宙環境に適応したニュータイプの姿に変貌するかもしれないのです。

これらを踏まえて、宇宙環境における細菌のコロニー形成や機能的な変化を理解することは、クルーの健康を確保し、ISS内の安全を図る上でも極めて重要な課題となります。

そこでNASAのジェット推進研究所のチームは、クルーの協力を得て、ISS内に生息する細菌株を詳しく調べてみました。

宇宙環境でニュータイプの細菌が誕生していた!

チームは今回、エンテロバクター属の一種である「エンテロバクター・ブガンデンシス(Enterobacter bugandensis)」に焦点を当て、約2年間のうちにISS内の各所から13株を採取し、分析しました。

エンテロバクター属の細菌は、土壌環境からヒトの消化管まで様々な場所に生息する日和見菌のひとつとして知られます。

日和見菌とは、通常は無害でも宿主の体調によって有害な働きをするような細菌で、E. ブガンデンシスも敗血症や尿路感染症にかかわることがわかっています。

そしてISSで採取されたE. ブガンデンシスを地上の菌株と比較した結果、ISSの菌株は遺伝的にも機能的にもまったく別物に変異していたことが判明したのです。

E. ブガンデンシスの遺伝的な系統樹(緑:人体、紫:土壌環境、赤:ISS)
E. ブガンデンシスの遺伝的な系統樹(緑:人体、紫:土壌環境、赤:ISS) / Credit: Kasthuri Venkateswaran et al., Microbiome(2024)

特にISS内で繁殖していたE. ブガンデンシスは地上の菌株に比べて、薬剤への耐性がより強くなっていました。

これは従来の抗菌治療では効果が出なくなる可能性を示しています。

またE. ブガンデンシスのコロニーは単独ではなく、他の複数種の微生物とも共存しており、場合によっては他の微生物の生存を助けていることも示唆されたのです。

研究者らはこうした細菌の変異について、微小重力というストレス環境がE. ブガンデンシスの突然変異と生存能力の向上を促したと見られると説明しています。

エンテロバクター属の細菌種のコロニー
エンテロバクター属の細菌種のコロニー / Credit: commons.wikimedia

現時点で、これらニュータイプのE. ブガンデンシスが宇宙飛行士たちの健康にどのような影響を与えるかは明らかになっていません。

しかし、ISS内のE. ブガンデンシスが薬剤耐性を獲得したことは、それが人間にとって十分な脅威になり得ることを意味します。

また、問題なのはE. ブガンデンシスだけではありません。

意図せずしてISS内に持ち込まれた他の細菌たちも、宇宙環境にさらされることで、より凶悪な能力を獲得する恐れもあります。

極限環境における微生物の生態はまだまだ未知の部分が多く存在します。細菌の薬剤耐性獲得も、将来的に人類は正しく理解して戦っていかなければならない課題です。

今回の宇宙環境における細菌の変化に関する研究は、宇宙飛行士の健康を守るとともに、人類が細菌と共に生きていく上で重要な知見になっていくでしょう。

全ての画像を見る

参考文献

Multi-Drug Resistant Bacteria Found on ISS Mutating to Become Functionally Distinct
https://www.nasa.gov/centers-and-facilities/ames/ames-science/ames-space-biosciences/multi-drug-resistant-bacteria-found-on-iss-mutating-to-become-functionally-distinct/

Mutated strains of an unknown drug-resistant bacteria somehow got onto the International Space Station
https://qz.com/drug-resistant-bacteria-international-space-station-1851421829

Dangerous mutant bacteria that are not afraid of drugs are found on the ISS
https://universemagazine.com/en/dangerous-mutant-bacteria-that-are-not-afraid-of-drugs-are-found-on-the-iss/

元論文

Genomic, functional, and metabolic enhancements in multidrug-resistant Enterobacter bugandensis facilitating its persistence and succession in the International Space Station
https://doi.org/10.1186/s40168-024-01777-1

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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