ミジンコは、小さな動物の中でも非常に有名な存在であり、多くの人が小学校で学びます。
しかし人類は、彼らについて完全に理解できているわけではなく、現在進行形で「ミジンコの不思議」が明らかになってきています。
最近では、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターに所属する宮川一志氏、阿部潮音氏ら研究チームが、ミジンコの生殖と概日時計の関係を明らかにしました。
なんとミジンコは、概日時計を用いて日長(1日における昼と夜の長さ)を認識し、子供の性を切り換えて産生していたのです。
研究の詳細は、2024年4月4日付の学術誌『Current Biology』に掲載されました。
目次
- ミジンコはオスとメスを産み分けられる
- ミジンコは概日時計を用いて日長を認識し、子供の性を切り換える
ミジンコはオスとメスを産み分けられる
ミジンコには、自分と同じクローンしか産まない単為生殖期と、交配して子孫を残す有性生殖期があります。
通常時(環境が良い時)はメスを生み、生存危機が迫った時にだけオスを産んで交配すると考えられています。
実際、暖かくエサも豊富な春から夏にかけては同じ遺伝子を持つメスを産みます。
しかし秋になると、一部のミジンコはオスを産生。メスと交尾して卵を産むのです。
有性生殖で作られた卵は、低温や乾燥に強い休眠卵となるため、この状態で厳しい冬を乗り越えることができます。
つまりミジンコたちは、環境が良い時には単為生殖によって効率よく子孫を増やし、厳しい環境が来ると生き残るために有性生殖を行っているのです。
種を維持するための巧みな戦略だと言えるでしょう。
そして、この戦略を成り立たせる上で重要なのが、「有性生殖に切り替えるタイミング」です。
これまでの研究により、ミジンコは、水温の低下やエサの減少、個体密度の上昇といった環境情報を感じ取って、切り替えのタイミングである「秋」を認識すると分かっています。
中でも特に重要な情報とされているのが、1日における昼と夜の長さである「日長」です。
ミジンコは昼が長い「長日」だとメスを産み、反対に夜が長い「短日」だとオスを産むことが知られているのです。
日長は、不安定な気温とは異なり、年ごとに大きく変化することはありません。季節を認識する上で信頼性の高い情報であり、これを重要視するミジンコはやはり戦略家だと言えますね。
しかし、彼らがどのような仕組みで日長を感受し、オスとメスを産み分けているのかは全く分かっていませんでした。
今回、宮川氏ら研究チームは、この点を解明するために、いくつかの実験を行いました。
ミジンコは概日時計を用いて日長を認識し、子供の性を切り換える
研究チームは、ミジンコの概日時計に着目しました。
概日時計とは、ほぼ全ての生物が持つ約24時間周期の体内時計のことです。
そして生物の摂食や繁殖といった振る舞いのリズムは、昼夜の気温差などの環境変化に直接応答しているのではなく、概日時計によって作り出されています。
つまり、「環境変化 → 振る舞い」ではなく、「環境変化 → 概日時計 → 振る舞い」という流れがあるわけです。
さらに概日時計は、日長の認識にも重要であると考えられています。
この点とミジンコの産生の関係を詳しく調べるために、チームは下図のような条件でミジンコを飼育しました。
短日と昼夜の長さは同じにしつつも、概日時計の時刻の12時付近に昼の時間を差し込んで、長日に偽装したのです。
その結果、昼夜の長さは短日と同じでも、長日のようにメスが産生されました。
これは、ミジンコが日長認識に概日時計を利用していることを示唆しています。
研究チームは、この点を証明するため、続いて、「概日時計を破壊したミジンコ」を作出することにしました。
ゲノム編集技術を用いて、概日時計を構成する遺伝子の1つである「period 遺伝子」を破壊した「period ノックアウトミジンコ」を作り出したのです。
実際、このミジンコは、概日時計によって制御される「日周鉛直運動*1」が持続できなくなっており、このことから、世界で初めて「概日時計を破壊したミジンコ」の作出に成功したと言えます。
(*1日周鉛直運動とは、ミジンコが捕食者から逃れるために、池や湖のどれくらいの深さに滞在するかを昼夜の変化に合わせて周期的に変化させる現象のことです)
そして、このperiod ノックアウトミジンコが、日長にどのように応答するか調べたところ、長日でも短日でもメスを産み続けることが明らかになりました。
つまりミジンコたちは、概日時計を用いて短日を認識し、オスを産生していたのです。
また、オスを産む際に体内で働く特定のホルモン「幼若ホルモン」を、period ノックアウトミジンコに暴露したところ、日長に関わらずオスを産生しました。
このことは、period ノックアウトミジンコが、オスを作る能力自体を失っているのではなく、短日でもオスを産むためのホルモンが体内で作られないことを示唆しています。
ミジンコは、エサの減少などの急激な環境変化だけでなく、短日などの安定した季節シグナルを受けた概日時計によって、幼若ホルモンが活性化され、オスを産んでいたのです。
概日時計は、私たち人間にとって重要なものであり、そのリズムが崩れると時差ボケを起こしたり睡眠障害に陥ったりします。
そしてミジンコにおいては、概日時計がオスの産生をもたらしており、種を維持するための非常に重要な役割を担っていたようです。
これらを考えると、生物にとって概日時計がどれほど大切なものか理解を深めることができますね。
ちなみに、研究チームの1人である阿部潮音氏は、実験開始当初、ミジンコのコンディションを維持することが難しく、「私がミジンコを飼育しているのではなく、ミジンコが私を飼育しているのではないか」と錯覚するほどだったそうです。
ミジンコは理科の授業の常連といえる有名な生物ですが、その生態は非常に奥深いものなのです。
参考文献
[プレスリリース]ミジンコが概日時計を用いて日長を認識し子どもの性を切り換えていることを証明
https://www.utsunomiya-u.ac.jp/topics/research/011129.php
元論文
Daphnia uses its circadian clock for short-day recognition in environmental sex determination
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.03.027
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。