重力子の研究が加速しそうです。
米国のコロンビア大学(CU)をはじめとした国際研究により、非常に低温かつ強い磁場下でのみ出現する量子的現象(電子液体)の内部に、重力子のような特性をもった粒子を発見しました。
重力子には時空の曲がり具合、つまり重力波を伝えるために、他の素粒子には存在しない「スピン2」と呼ばれる特性があると考えられています。
驚くべきことに、新たに発見された粒子はこの「スピン2」の特性を持っていました。
研究者たちは「新たな粒子も重力子も量子化された計量値のゆらぎであり、そこでは時空がランダムに引っ張られたり引き延ばされたりされている」と述べています。
研究内容の詳細は2024年3月27日に『Nature』に掲載されました。
目次
- 重力子には時空の曲がり具合を伝える特性「スピン2」がある
- 偉大な物理学者の遺志が引き継がれた
重力子には時空の曲がり具合を伝える特性「スピン2」がある
私たちの宇宙には4つの基本的な力が存在することが知られています。
これら4つの力にはそれぞれ伝達を担う素粒子が存在しており、たとえば光子は電磁気力を運ぶ役割をしています。
また光子を誰でも見ることができるのは、私たちの目が「光子検知装置」としての役割に特化しているからです。
これまで長年にわたる素粒子物理学の研究により、数々の素粒子の存在が確認されています。
(※観測の方法は粒子加速器によって空間(場)に強い力を与えるというものです。高エネルギーの物質が場と相互作用すると、場に刺激が加わり、素粒子が飛び出てきます)
ただ重力子の検出だけは上手くいきません。
最近の研究により遠方のブラックホールなどが発する重力波の観測には成功しました。
しかし重力は4つの力の中でも極めて弱く、単一の重力子を検出するのは事実上不可能であることが証明されているからです。
(※この事実は冷蔵庫にくっつけた磁石が地面に落ちないことからも実感できます。地球が生み出す重力より、小さな磁石の電磁力の方が遥かに強いのです)
他にも重力子の仲間外れ要素として、他の力を伝える粒子にはない、特殊な性質があることが知られています。
他の力を伝える粒子は「スピン数1」なのに対し、重力子だけは「スピン数2」となっているからです。
スピン数とは粒子の量子力学的な性質をあらわす区分けであり、スピン数1の粒子は強い力・電磁気力・弱い力の伝達を担います。
一方で重力子だけはスピン数2というユニークな性質を持っており、スピン数2を持つ粒子には時空の曲がり具合、つまり重力波を伝える能力があると考えられています。
リンゴが地面に落ちるのも、地球が太陽の周りを回っているのも、重力子が持つスピン数2という特殊な性質のお陰と言えるでしょう。
スピン数2の粒子は時空自体に影響を及ぼす唯一の粒子とされ、重力を量子力学的に理解するのに不可欠な要素と考えられていました。
ただそんな興味深いスピン数2の粒子も、直接的に観測できなければその性質を理解することはできません。
そこでコロンビア大学のアロン・ピンツク氏は半生を費やして、重力子の代替となる、スピン数2を持つ粒子の探索を行ってきました。
偉大な物理学者の遺志が引き継がれた
ピンツク氏が着目していたのは、分数量子ホール効果(FQHE)でした。
この効果が生じている物質では、電子が凝縮されて一種の「電子液体状態」になっていることがわかっています。
ピンツク氏はこの特殊な凝集物内の電子たち特定の光を照射することで、スピン数2を持つ「重力子のようなもの(キラル重力子モード:CGM)」を作り出せることに気が付き、実験装置の開発に取り掛かりました。
ですが残念なことに2022年、志半ばにして、ピンツク氏は亡くなりました。
死因は公表されていませんが、学部の教員らから届いた手紙には、死は突然だったと記されていました。
しかしピンツク氏の遺志を継ぐ研究者たちにより、実験装置はついに完成。
ガリウムヒ素半導体の薄片を極低温にした状態で強い磁場をかけて、分数量子ホール効果(FQHE)を発生させたものを用意し、実験装置による観測を行いました。
すると内部にスピン数2を持つ粒子(キラル重力子モード:CGM)が存在していることが判明。
さらに追加の測定により、エネルギーギャップやフィリング因子など理論で予測されていたものと一致する特性があることも確かめられました。
研究者たちは「CGMも重力子も量子化された計量値のゆらぎであり、そこでは時空がランダムに引っ張られたり引き延ばされている」と述べています。
天体の運動やブラックホールなど宇宙の最も大きなスケールに属する重力子と同じ性質を持つ粒子が、小さな量子世界に存在することが判明したというのは、極めて重要です。
もし今回の研究によって将来的にアインシュタインの相対性理論と量子力学を結びつける量子重力理論が完成すれば、本研究はノーベル賞級の大発見となるでしょう。
参考文献
Researchers Find First Experimental Evidence for a Graviton-like Particle in a Quantum Material
https://quantum.columbia.edu/news/researchers-find-first-experimental-evidence-graviton-particle-quantum-material
元論文
Evidence for chiral graviton modes in fractional quantum Hall liquids
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07201-w
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。