霊長類は大きく2つのグループに分けられます。
それは「尻尾のない類人猿」と「尻尾があるサル」です。
ヒトを含む類人猿の祖先は今から約2500万年前にそれ以外の霊長類から遺伝的に分岐し、サルが持っていた尻尾をなくしました。
しかしこれまで類人猿から尻尾がなくなった遺伝的な原因は特定されていなかったのです。
ところが今回、米ニューヨーク大学ランゴーン医療センター(NYU Langone Health)の研究により、尻尾のない類人猿にはあって、尻尾のあるサルにはないDNA断片がついに発見されました。
このDNAをマウスに挿入すると、生まれてくる子供から尻尾が消失しました。
研究の詳細は2024年2月28日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 尻尾をなくすDNA断片を発見!
- マウスに「Alu要素」を挿入すると尻尾が消えた!
尻尾をなくすDNA断片を発見!
類人猿から尻尾をなくした遺伝的変異は「TBXT」という遺伝子の中に見つかりました。
TBXT遺伝子は脊椎動物の尻尾や背骨の形成にかかわる重要な遺伝子で、1923年頃からその存在が知られています。
研究チームは今回「ヒト」「尻尾のない類人猿」「尻尾のあるサル」のDNAサンプルを収集し、詳しく分析。
その結果、「ヒト」と「尻尾のない類人猿」のTBXT遺伝子にのみ存在する「Alu要素」というDNA断片が見つかったのです。
私たちのDNAはA・T・G・Cという4種類の塩基の文字列によって成り立っており、その配列が体の組織を作り出す”設計図”として機能しています。
ところがその配列のどこかに「Alu要素」のような数百個の文字列からなるDNA断片が挿入されると、設計図が変わってくるため、体の組織の作られ方も変わります。
そしてこの「Alu要素」はヒトを含む類人猿にだけ見られ、他のサルたちには存在しないことから、明らかに尻尾の消失に関わっていると考えられました。
では、「Alu要素」はどのように類人猿から尻尾をなくすのでしょうか?
どのように尻尾がなくなるのか?
DNAの大きな役割は、設計図に従ってタンパク質を作ることです。
タンパク質は、筋肉や臓器、血液、皮膚、爪、髪の毛(もちろん尻尾も)など、体のあらゆる組織を作る材料になります。
ただDNA自体は遺伝情報を保存する設計図でしかないため、それだけではタンパク質は合成できません。
そこでまず、DNAにある遺伝情報をRNAへと写し取り(=転写)、そのコピーされた文字列をもとにして「メッセンジャーRNA(mRNA)」を作ります。
そしてmRNAから遺伝情報の翻訳が開始され、その情報にもとづいた正しい順番でアミノ酸が作り出されることでタンパク質となるのです。
しかしこのmRNAを生成する段階では、すべての遺伝情報がそのまま使われるわけではありません。
遺伝子領域には、最終的にタンパク質の合成に使われる文字列を含む「エクソン」と、タンパク質の合成には直接関与しない「イントロン」という2つの領域があります。
イントロンの方はタンパク質の合成に必要ないため、mRNAを生成する段階で文字列から切り捨てられるのです。
この過程を「スプライシング」といいます。
イントロンはこれまで、タンパク質合成において何の役割があるか分からなかったため、歴史的に”ダークマター”と呼ばれてきました。
しかし近年では、イントロンの文字列に何らかのDNA断片が挿入されると、スプライシングが正常に機能しなくなる場合があり、それによってタンパク質合成に必要なエクソンにも影響を与えることが示されています。
そして、まさに今回の「Alu要素」はTBXT遺伝子の中のイントロンに挿入されていたのです。
このことからチームは、イントロンの中の「Alu要素」によって、尻尾の形成に必要な遺伝情報が不完全な状態となり、生まれてくる類人猿から尻尾がなくなると結論しました。
マウスに「Alu要素」を挿入すると尻尾が消えた!
チームはその実証テストとして、63匹のマウスのTBXT遺伝子に「Alu要素」を挿入してみました。
その結果、生まれてきたマウスはほぼすべて、尻尾が完全になくなるか短くなることが分かったのです。
これは「Alu要素」が尻尾の消失の遺伝的原因であることを証明しています。
加えて、尻尾を完全に失ったマウスの中には「二分脊椎」という先天性の形成不全を発症しているものがいました。
二分脊椎とは、胎児期に脊髄神経が入っている背骨のトンネル(脊柱管)が正常に形成されず、一部が完全に閉鎖していない状態を指します。
二分脊椎になると、排便や排泄に関わる機能の障害、足の痛みや感覚障害、それから歩行障害を引き起こす可能性があります。
研究主任の一人であるイタイ・ヤナイ(Itai Yanai)氏は「ヒトの新生児にも1000人に1人の確率で二分脊椎が見られており、これはおそらく尻尾を失ったことによる進化のトレードオフの一つだろう」と述べました。
では、ヒトを含む類人猿が尻尾を失うことには、どんなメリットがあったのでしょうか?
その答えはまだ定かでないものの、研究者たちは「尻尾をなくすことで樹上生活から地上生活に適応できるようになったのではないか」と考えています。
尻尾を形成する尾椎とは、身体を支える脊椎の末端に位置していて、この骨の変化は直立二足歩行を発達させる際に重要な変化だった可能性があります。
人間を含む霊長類のグループにおける尾の喪失は、このグループが旧世界のサルから進化した約2500万年前に起きたと考えられています。
複雑に絡み合う木々の中では、枝をつかんだりぶら下がったりするのに尻尾がとても有効です。
しかし大型猛獣がうろつく地上では尻尾よりもむしろ、遠くを見渡せていち早く天敵を見つけられるような背の高さが役に立ちます。
脊椎の一部の構成が変化したことは、先に述べた通り背骨の形成において問題を起こす場合があり、通常の生物においては尻尾を失うことは不利益に働く可能性があります。
しかし、地上生活を送るようになった類人猿には、その問題を超えた強力な利点があった可能性が高いようです。
参考文献
Change in Genetic Code May Explain How Human Ancestors Lost Tails
https://nyulangone.org/news/change-genetic-code-may-explain-how-human-ancestors-lost-tails
We finally know why humans don’t have tails
https://www.livescience.com/health/genetics/we-finally-know-why-humans-dont-have-tails
元論文
On the genetic basis of tail-loss evolution in humans and apes
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07095-8
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。