ひきこもりは一般に、6カ月以上にわたって仕事や学校への社会参加を回避し、自宅に留まっている状態と定義されます。
ひきこもりになると心理的・物理的に孤立し、適応障害や不安障害につながる恐れがあるため、懸念すべき社会問題です。
一方で、コロナ禍を境に在宅ワークやオンライン授業が浸透し、新しいライフスタイルが定着しつつあります。
その中で「物理的にひきこもってはいるが全く病的ではない」いわゆる”健康なひきこもり”の存在が注目され始めているのです。
そこで九州大学のひきこもり研究ラボは今回、人々が「病的なひきこもり」と「健康なひきこもり」のどちらに属するかを識別する診断ツールを新たに開発しました。
研究の詳細は2024年2月29日付で学術誌『Psychiatry and Clinical Neurosciences』に掲載されています。
目次
- 「病的ひきこもり」と「健康なひきこもり」
- ひきこもり状況で最もプレイされやすいゲームとは?
- 社交的で協調性が高い人ほど「病的ひきこもり」になりやすい?
「病的ひきこもり」と「健康なひきこもり」
研究チームは2020年に、国際的に通用する「病的ひきこもり(pathological social withdrawal)」の診断評価基準を日米の共同研究で定義しました。
それによると病的ひきこもりは「社会的回避または社会的孤立の状態であり、大前提として自宅にとどまり、物理的に孤立している」こと。
かつ「こうした物理的ひきこもり状況に対して本人が苦悩しているか、機能障害があるか、あるいは家族・周囲が苦悩している」ことを必要条件としています。
他方で、コロナ禍をきっかけに在宅ワークやオンライン授業が一気に普及し、直接的な社会参加や対人交流がなくても健康的に生活している人々が増えてきました。
物理的にはひきこもり状況にあるにも関わらず、身体的・精神的には何の問題もないことから「健康なひきこもり」として注目されています。
では、自分が「病的ひきこもり」と「健康なひきこもり」のどちらに当てはまるのかを見分けるにはどうすればいいのでしょうか?
そこでチームは、両者を簡便に識別するためのツール「HiDE(Hikikomori Diagnostic Evaluation=ひきこもり診断評価)」を独自に開発しました。
HiDEには、専門家が対人で行うインタビュー形式のHiDE-Iと、当事者がアンケート形式で答えるHiDE-Sとがあります。
ここでは個人でチェックできるHiDE-Sの方を紹介します。
アンケート表で自己診断
下に添付した実際のアンケート表を見ながら自己診断してみましょう。
まず、質問1〜3(青枠)では「物理的ひきこもり」の程度とその期間を評価します。
質問1で短時間の外出の頻度をチェックし、質問2でそれ以外の外出の頻度を評価します。
もし質問1で短時間の外出が週4回以上あったとしても、質問2の外出頻度が週3日以下であれば「物理的ひきこもり」に分類されます。
さらに質問2の外出頻度に応じて、週4回以上は「ひきこもりなし」、週2〜3回は「軽度のひきこもり」、週1回以下は「中程度以上のひきこもり」となります。
質問3でその期間を評価し、3カ月以上〜6カ月未満が「プレひきこもり」、6カ月以上が「ひきこもり」です。
また3カ月未満であっても、心理的な苦悩や機能障害があれば、何らかの支援が推奨されます。
質問4は自身の外出頻度に関する主観であり、支援の面では重要であるものの、診断には直接関係しません。
次に質問5〜11(赤枠)では「心理的な苦悩と機能障害」を評価します。
ここで一つでも「はい」があれば「病的引きこもりの可能性あり」と診断されます。
すべて「いいえ」であれば「健康なひきこもり」の可能性が大です。
例えば、先の質問2で「物理的ひきこもり」の基準を満たしても、質問5〜11がすべて「いいえ」であれば「健康なひきこもり」と考えられます。
最後の質問12は「現在の社会的状況」を評価するものです。
なお、以上のHiDE-Sはあくまで「病的ひきこもり」と「健康なひきこもり」を簡易的に見分けるツールであり、厳密な診断および治療には専門家との面接によるHiDE-Iを必要とします。
次にチームは「ひきこもり」と「ゲーム障害」との関連性を別に調べてみました。
ひきこもり状況で最もプレイされやすいゲームとは?
ゲーム障害とは、ゲームに熱中しすぎるあまり、利用時間などを自分でコントロールできなくなって、日常生活に支障が出る病気です。
昨今はオンラインゲームの普及により、世界的なゲーム障害の増加が注目されています。
その一方で、ひきこもりとゲーム障害の関連を調査した研究は多くありません。
そこでチームは全国の20〜59歳の未就労者500名を対象に、HiDEを活用したオンライン調査を実施しました。
HiDEを使って被験者を「非ひきこもり」「病的ひきこもり」「健康なひきこもり」の3つに分類し、ひきこもりの継続期間をもとに下の7つのグループに分けています。
さらに被験者の抑うつ傾向とゲーム障害傾向を数値化し、グループ間で比較。
その結果、「病的なひきこもり」ではどの継続期間においても、抑うつ傾向が有意に高くなっていました(上図の左の黄色)。
一方で、ゲーム障害傾向が最も高くなっていたのは「3カ月未満の病的ひきこもり」のグループとなっています(上図の右の赤色)。
興味深いことに、ひきこもり状況にある人が最も利用するゲームは「ロールプレイングゲーム」でした。
これはひきこもり状況に陥った際、自らの社会的役割(ソーシャルロール)の喪失を補うために、ゲーム世界で自分の役割を獲得することを目的としているからだろうとチームは指摘します。
逆にいうと、ひきこもり状況にある人はロールプレイングゲームを過剰にプレイすることで、ゲーム障害に陥りやすくなるかもしれません。
そしてチーム最後に、コロナ禍において「病的ひきこもり」になりやすかった人の特徴を明らかにしました。
社交的で協調性が高い人ほど「病的ひきこもり」になりやすい?
ここでチームは、コロナ禍における「病的ひきこもり」の危険因子を特定すべく、2019年6月時点でひきこもり状況になかった全国の社会人561 名を対象にオンライン調査を実施。
2020年6月〜2022年4月までに複数回の調査を行ったところ、コロナ禍において3割以上の人が一度は「物理的ひきこもり」になっていました。
一方で、「物理的ひきこもり」と評価された人の中の6割以上は「健康なひきこもり」でしたが、それ以外は「病的ひきこもり」と診断されています。
そして意外なことに、コロナ禍で「病的ひきこもり」になりやすかった人は「社交的で、社会的達成動機が高く、社会的役割を希求し、外交的で協調性が高い人」だったのです。
社交性や協調性の高さは従来、ひきこもりとは関係のない因子と思われていましたが、コロナ禍では直感に反して「病的ひきこもり」の潜在的な危険因子になっていたようです。
チームはこれを受けて「ポストコロナ時代の新しい生活様式におけるひきこもり予防や対策を考える上で重要な資料になる」と述べました。
今後は新たに開発されたひきこもり評価ツール「HiDE」によって、「病的ひきこもり」と「健康なひきこもり」をスムーズに識別し、支援が必要なひきこもり状況にあるかどうかを迅速に判断できるようになると期待されています。
参考文献
病的ひきこもりと健康なひきこもりを区別する評価法(HiDE)開発
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1049
元論文
Unexpected risk factors of pathological hikikomori during the COVID-19 pandemic among working adults initially without social isolation: A longitudinal online survey
https://doi.org/10.1111/pcn.13647
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。