「家の戸棚にポテトチップスがあると、お腹が空いていなくても、ついつい食べてしまう」という人は少なくありません。
また、「スーパーの惣菜コーナーを通ると、美味しそうな総菜に魅せられて、ついつい余分に購入してしまう」といったこともあるでしょう。
このように、「身近に手軽で美味しいものがあると、つい手を伸ばしてしまう」傾向は誰にでもあるものです。
そしてその傾向は、もっと大きな範囲でも適用されるようです。
最近、アメリカのテュレーン大学(Tulane University)疫学部に所属するルー・チー氏ら研究チームは、イギリスの50万人を対象とした研究で、ファーストフード店やバーの近くに住んでいる人は、心不全のリスクが16%も高くなると報告しました。
それら「簡単に利用できる高カロリーの食品を提供する店」が近くにあると、ついつい活用してしまい、健康に悪影響が及ぶというのです。
研究の詳細は、2024年2月27日付の学術誌『Circulation: Heart Failure』に掲載されました。
目次
- 心不全のリスクと食環境の関連性
- ファーストフード店やバーが密集する地域に住んでいる人は心不全リスクが16%も高まる
- 近所にジャンクフード店やバーがあると「行きつけ」になり、心不全リスクが高まる
心不全のリスクと食環境の関連性
「心血管疾患」とは、心臓に繋がる血管や心筋に異常が生じる病気です。
心血管疾患は日本人の死因の第2位でもあり、心血管疾患に含まれる心筋梗塞や狭心症は、喫煙や食事などの生活習慣が要因となることで知られています。
テュレーン大学疫学部のルー・チー氏も、「ファーストフード店などは、通常、健康に良くない食べ物や飲み物を提供しており、心血管疾患と関連している」と述べています。
今回のルー・チー氏らは、そんな「健康に良くない食事を提供する店」ファーストフード店などが自宅の近くにあることと、「心不全」リスクに関連性があるかどうかを調査しました。
「心不全」とは、心臓のポンプ機能が悪くなり、正常に働かなくなった状態(病名ではない)のことです。
心血管疾患には様々な病気が含まれますが、それらの病気の結果、心不全になることがあります。
そして人が心不全になると、十分な量の血液を全身に送れなくなり、呼吸困難やむくみ、動悸、疲労感など、様々な症状が引き起こされます。
この心不全を引き起こす要因は様々ですが、大元をたどると、高血圧や糖尿病、過度のアルコール摂取などの食習慣が大きく関係していると言われています。
このことから、心不全のリスクには「ファーストフード店へのアクセスのしやすさ」が影響すると予想されるのです。
しかしルー・チー氏らによると、これまで「心不全」をピックアップして、食環境との関係を調べた研究はほとんどないようです。
また彼は、「栄養と健康の関係に関する従来の研究のほとんどは、食事の内容に焦点が当てられており、食環境の影響は無視されてきました」とも述べており、今回の研究で、食環境の重要性を明らかにしたいと考えました。
ファーストフード店やバーが密集する地域に住んでいる人は心不全リスクが16%も高まる
今回の研究では、イギリスの長期大規模バイオバンク研究「UKバイオバンク」のデータが用いられています。
イギリスの成人50万人以上(平均56歳)の健康情報と食環境を分析したのです。
食環境に関しては、近所ですぐに食事できる店として、①パブまたはバー、②レストランまたはカフェテリア、③ファーストフード店の3つのカテゴリーを分析しました。
そして対象者の家からそれらの店までどれほどの距離があるのか調べました。
また対象者が住んでいる地域の店舗密度(1km2あたりの店の数)も分析しました。
さらに、12年間の追跡調査によって明らかになった約1万3000件の心不全の症例とそれら食環境データを照らし合わせました。
その結果、すぐに食事できる店が1km2あたり11件以上ある「高密度な地域」に住む人(全体の約20%)は、そうでない人と比較して、心不全発症のリスクが16%高いと分かりました。
また店舗のタイプ別分析では、①パブやバー、③ファーストフード店 が心不全リスクを高めると判明しました。
店舗別に分析するとパブやバーが密集しているエリアに住む人は心不全リスクが14%も高く、ファーストフード店が密集している地域に住む人は心不全リスクが12%も高かったのです。
パブやバーでは、お酒だけでなく高カロリーの軽食も提供されるため、その両方が健康に悪影響を与える恐れがあります。
居酒屋で私たちが何を飲み、何を食べているかを考えると、それらが心不全のリスクを高めることは容易に想像できますね。
そしてファーストフード店では、ハンバーガーやピザ、炭酸ジュースなどがすぐに提供されます。
それらの店が密集している地域に住む人は、ジャンクフードを食べる頻度が自然と高まってしまい、その食習慣が心不全リスクをも高めてしまうのでしょう。
近所にジャンクフード店やバーがあると「行きつけ」になり、心不全リスクが高まる
一方で、店の密集度合いに限らず、店との単純な距離の近さも大きな影響を与えます。
パブやバーに近い場所(500m未満)に住む人は、心不全のリスクが13%も高かったのです。
またファーストフード店に最も近い場所に住む人たちのグループは、近所にファーストフード店がない人(2km以上)に比べて心不全のリスクが10%高くなりました。
家の近くにバーやファーストフード店があるなら、そこが「行きつけの店」となり、ついつい出向いてしまうのでしょう。
「徒歩で行ける距離」なら、なおさらそうでしょう。
ちなみに、②レストランまたはカフェテリア のカテゴリーでは、心不全との有意な関連性は見つかりませんでした。
レストランなどではファーストフード店と比べて、健康的な食事が提供されることが多く、また利用の気軽さの面から考えると訪れる頻度が控えめになるからかもしれません。
そして今回の研究では、大学の学位を持たない人や、ジムなどの運動施設にアクセスできない都市部の成人においても、心不全のリスクが高い傾向にありました。
このことから研究チームは、「教育や環境の改善が軽食の選択に対して良い影響を及ぼし、心不全のリスクの低減につながるかもしれない」と考えています。
一方で、研究の対象者は94%がヨーロッパ系白人であり、サンプルに偏りがあります。
より正確な結果を求めるためには、サンプルサイズをさらに拡大する必要があるでしょう。
今回の研究からは、心不全の発症リスクは食環境の影響を受けることが示唆されます。
過去には、アメリカのオーガスタ大学(Augusta University)によって、「ファーストフード店が多く、スーパーは少ない地域」と「がん死亡率」にも関連性があると報告されました。
これらを考慮すると、私たちの健康は、私たちが思っている以上に、住んでいる場所の影響を受けるのかもしれません。
ジャンクフードをついつい食べてしまわないためには、ジャンクフードをそもそも買わないことが大切であり、そのためには近所にファーストフード店がないことがもっとも重要なようです。
なんだか人間の意志の弱さも感じさせる研究結果ですね。
参考文献
Living near pubs, bars and fast-food restaurants could be bad for heart health
https://newsroom.heart.org/news/living-near-pubs-bars-and-fast-food-restaurants-could-be-bad-for-heart-health
Living near three or more bars, fast-food restaurants could raise heart failure risk
https://www.healio.com/news/cardiology/20240227/living-near-three-or-more-bars-fastfood-restaurants-could-raise-heart-failure-risk
元論文
Ready-to-Eat Food Environments and Risk of Incident Heart Failure: A Prospective Cohort Study
https://doi.org/10.1161/CIRCHEARTFAILURE.123.010830
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。