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「漠然とした不安」が生じる脳領域を特定!人為的操作で不安を打ち消すことにも成功


「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である」

作家、芥川龍之介は死後に見つかった手記の中で、自殺の理由についてそのような言葉を残しています。

そういう得体の知れない不安に襲われることは誰しもあることです。

では、この不安感はどこから生じているのでしょう?

東北大学は新たな研究で、この得体の知れない不安を引き起こしている脳領域の特定に成功しました。

さらにマウス実験では、その脳領域に光刺激を与えて操作することで不安感を人為的に抑制することができたのです。

この成果は不安障害の新たな治療戦略として大いに期待されます。

研究の詳細は2024年2月10日付で科学雑誌『Neuroscience Research』に掲載されました。

目次

  • 謎の不安感は脳のどこで生じているのか?
  • 不安感を引き起こす脳領域を特定!
  • 不安感を人為的に抑制することに成功

謎の不安感は脳のどこで生じているのか?

ヒトも動物も常に身のまわりの環境に気を配り、潜在的な危険がないかどうかを意識せずともチェックしています。

その中でときに、説明はできないけれど何となく居心地が悪く、嫌な予感がすることがあるでしょう。

この感覚は例えば、目の前に殺人鬼や捕食者など、はっきりした脅威の対象が存在しないので「恐怖」ではありません。

得体の知れないものに漠然とした恐れを抱くゆえに、これは「不安」といえます。

不安を感じること自体は、潜在的な危険を察知している証拠なので、生存には有益といえるでしょう。

しかし不安が過剰になると、適切な判断力を失い、周囲の変化についていけず、適応障害を引き起こす恐れがあります。

そのため、不安感が生じる仕組みを解明することは重要な課題なのです。

そこで研究チームは、こうした謎の不安感が生じる脳領域を探すことにしました。

得体の知れない不安は脳のどこで生じるのか?
得体の知れない不安は脳のどこで生じるのか? / Credit: canva

チームは、不安感をコントロールしているのは「手綱核(たづなかく)」という脳領域ではないかと考えました。

手綱核は、海馬の下側に位置する一対の小さな神経核で、ほぼすべての脊椎動物に見られる古い脳構造です。

意欲や認知機能において重要な役割を担っており、手綱核が異常を起こすと、うつ病や不安障害につながると考えられています。

また今回の研究では、手綱核の中の「アストロサイト」という脳細胞に焦点を当てました。

脳は一般にニューロン(神経細胞)とグリア細胞という2つの細胞によって構成されており、そのグリア細胞の一種をアストロサイトといいます。

アストロサイトは脳内の情報処理や神経伝達物質の濃度調節に関与しているため、チームは不安感の制御にも関わっているのではないかと予想。

マウスを実験台として、手綱核のアストロサイトが不安感を左右するかどうかを検証しました。

不安感を引き起こす脳領域を特定!

これまでの研究で、マウスは「ガラス玉」を前にすると不安感が生じることが知られています。

マウスにとってガラス玉は天敵のような直接の脅威ではないのですが、なんとなく居心地が悪く不安にさせるようです。

そこで今回の実験では、床一面にガラス玉を敷き詰めたケースを用意し、マウスにとって言い知れぬ不安誘発環境を作りました。

床一面にガラス玉を敷き詰めて、マウスに不安感を生じさせる
床一面にガラス玉を敷き詰めて、マウスに不安感を生じさせる / Credit: 東北大学 –説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明(2024)

この状態でマウスの脳内の神経活動を記録したところ、手綱核のアストロサイトにおいてシータ波(5〜10Hz)の活動が増強することが示されたのです。

これは通常の飼育ケースにいるときには見られない活動です。

では、手綱核をシータ波で刺激すれば、ガラス玉がなくても不安感を誘発できるのでしょうか?

これを検証すべく、チームは「2方明暗箱装置」を用意しました。

これはケース内の半分をガラス玉を敷いた明るい部屋にし、もう半分をガラス玉のない暗い部屋にしたもので、中央から自由に行き来できます(下図を参照)。

マウスは明るく開放的な場所を嫌い、暗くて狭い場所を好むので、この場合も当然、ガラス玉のない暗い部屋を好むはずです。

A:ガラス玉の部屋にいるとシータ波が増強、B:実験セット。右は明室と暗室の滞在時間を明るさで示したもの
A:ガラス玉の部屋にいるとシータ波が増強、B:実験セット。右は明室と暗室の滞在時間を明るさで示したもの / Credit: 東北大学 –説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明(2024)

チームはマウスを明るい部屋に入れた状態で実験を始めたところ、予想通り、マウスはすぐに快適な暗い部屋に移動しています。

そこでマウスが暗い部屋に入るタイミングで、手綱核にシータ波(8 Hz)の電気刺激を与えてみました。

すると驚くことに、マウスは快適なはずの暗い部屋を避けるようになり、ガラス玉のある明るい部屋に留まる時間が長くなったのです(上図のB)。

このことから、手綱核が不安感をコントロールする脳領域でありさらに不安感を人為的に誘発できることが確認できました。

不安感を人為的に抑制することに成功

これを踏まえてチームは、人為的な方法で不安感を逆に抑制できないかチャレンジすることに。

ガラス玉の不安環境にあるマウスの脳を調べてみると、手綱核への脳血流量が増大し、アストロサイト内のpH(水素イオン指数)が酸性化していることが分かりました。

pHは0~14の数値で表され、pH7を中性とし、7より小さい場合が酸性、大きい場合がアルカリ性となります。

つまり、不安感が生じているマウスのアストロサイトは「酸性化」した状態にあるということです。

だとすれば、アストロサイトを人為的にアルカリ化することで、不安感にともなう酸性化を打ち消し、抗不安作用が生まれるのではないでしょうか?

そこでチームは光刺激を用いた特殊な技術により、アストロサイトの細胞内をアルカリ化させてみました。

最初にマウスをガラス玉ケージに入れて、不安感を示すシータ波の増強を確認したところで、光刺激を与えてアルカリ化させます。

その結果、手綱核のシータ波が減弱するとともに、マウスはガラス玉で満たされた明るい部屋にも平気で居座るようになったのです。

アストロサイトをアルカリ化させるとマウスの不安感が消失した!
アストロサイトをアルカリ化させるとマウスの不安感が消失した! / Credit: 東北大学 –説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明(2024)

以上の結果から、不安を誘発する環境にあっても人為的な操作を加えれば、不安感を抑制できることが実証されました。

本研究の成果は不安障害の新たな治療戦略を確立する上で、重要なマイルストーンとなることが期待されます。

作家の芥川龍之介は死後見つかった手記の中で自殺理由について、次のような文章を残しています。

誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。
或旧友へ送る手記 芥川龍之介

今回の研究は、漠然とした不安を抱きやすい現代社会において、不安とうまく付き合っていく画期的な方法を見つけるきっかけになるかもしれません。

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参考文献

説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/02/press20240214-02-astrocyte.html

元論文

Anxiety control by astrocytes in the lateral habenula
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168010224000105

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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