「大うつ病性障害(MDD)」または「うつ病」で苦しんでいる人は少なくありません。
WHOは、「2030年にうつ病が心疾患や交通事故を抑えて、最も多くの人を苦しませる病気になる」とさえ推測しています。
うつ病を治療したり未然に防いだりする方法には、さまざまなアイデアがありますが、新しい研究により、非常にシンプルな治療法の可能性が示唆されました。
アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校( UCSF)に所属する精神医学者アシュリー・メイソン氏ら研究チームが、2万人以上のデータを分析することで、「うつ病の症状が悪化するごとに、患者の体温も上昇する」ことを発見したのです。
そのため、「もしかしたら体温を下げる療法が、うつ病を治療したり、未然に防いだりすることに役立つかもしれない」と話題になっています。
研究の詳細は、2024年2月5日付の科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。
目次
- 体温とうつ病は関連していると判明。新たな治療法が見つかるかも
体温とうつ病は関連していると判明。新たな治療法が見つかるかも
これまで多くの医者や科学者により、うつ病の研究が行われてきました。
その中には、体温とうつ病の関連性を示すいくつかの研究があります。
しかし、それらはどれも、300人未満の参加者を対象とした小規模な研究でした。
そこで今回、メイソン氏ら研究チームは、サンプル数を拡大して、体温とうつ病の関連性を明らかにしました。
彼らは、7カ月にわたって106か国から2万人以上の個人データを収集し、分析したのです。
チームはその中で、2種類のデータを集めました。
1つは2万863人(男性53%、女性47%)から集めた自己申告に基づく体温データです。
そしてもう1つは、2万1064人(男性56%、女性44%)が装着したウェアラブルセンサーによる体温データです。
各参加者たちが複数回体温を測った結果、体温評価のデータ数の合計は55万9664件にも上りました。
そしてチームは、患者が自身の健康状態を報告するツール「PROMIS(Reported Outcomes Measurement Information System)」を使用して、参加者たちのうつ病のレベル(正常~重度)データを収集し、関連性を分析しました。
メイソン氏は、「この研究は、私の知る限り、体温とうつ病の関連性を調査した過去最大の研究です」と述べています。
そして分析の結果、うつ病の重症度が増すごとに、参加者の体温が上昇すると判明しました。
上記の2つグラフ(A:自己申告、B:ウェアラブルセンサー)では、一定期間における平均体温の推移が示されています。
そしてうつ病スコアはグラフの色で分けられており、それぞれ緑(正常値)、黄(軽度)、オレンジ(中度)、赤(重度)を示しています。
重度のうつ病患者の体温が高く、正常な人の体温が低いことがはっきりと分かりますね。
このグラフからも明らかなように、うつ病と体温の高さには関連があるのです。
ただし今回の研究では、うつ病が体温を上昇させるのか、もしくは体温の上昇がうつ病を引き起こすのかは分かっていません。
これらの点は今後の研究で明らかにしていく必要があるでしょう。
それでも研究チームは、「『うつ病患者は体温が高い』という結果が、新たなうつ病治療法を生み出すかもしれない」と述べています。
つまり、「体温を下げる」というシンプルな方法が、うつ病に効果的かもしれないのです。
実際、既存の小さな研究では、温水浴槽(リラクゼーションや治療に用いられる温水の浴槽)やサウナによって、うつ病が軽減されることが示唆されているようです。
入浴やサウナは一時的に体温を上げますが、発汗などで体の自己冷却が引き起こされ、氷水を被るよりも長期的に体温を下げる効果があります。
メイソン氏も、「うつ病患者の体温を追跡しながら、適切なタイミングで温熱治療を行うなら、どうなるでしょうか」と、新しい治療法の可能性に期待を寄せています。
そしてもしかすると、体温を下げる他の方法も、うつ病対策に役立つかもしれません。
例えば、「辛い物を食べる」「きゅうり、トマト、バナナなど、カリウムや水分を含むものを食べる」「特定のツボを押す」ことは、夏場に体温を下げる方法として有名ですね。
もちろん現段階では、「サウナでうつ病が治る」などと考えたり、必死に体を冷やそうとしたりすべきではありませんが、この分野の進展には期待したいところです。
最後にメイソン氏も次のようにコメントしました。
「アメリカにおけるうつ病の発症率の上昇を考えると、私たちは新たな治療法の可能性に興奮しています」
誰もが簡単に実践できる「うつ病対策」が明らかになってほしいものです。
参考文献
Are Body Temperature and Depression Linked? Science Says, Yes.
https://www.ucsf.edu/news/2024/01/427051/are-body-temperature-and-depression-linked-science-says-yes
Could heat therapies relieve depression? Scientists believe so
https://newatlas.com/medical/depression-body-temperature-novel-treatment/
元論文
Elevated body temperature is associated with depressive symptoms: results from the TemPredict Study
https://www.nature.com/articles/s41598-024-51567-w
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。