予防接種は、感染症から私たちを守り、死亡を防ぐ医学の偉大な発明のひとつです。
一方で、ワクチン接種に反対する意見も、根強く存在してきました。
これらの反対意見は、かつてはマイナーな存在でしたが、コロナ禍を通じてSNSなどの発信力を背景にその存在感を増しています。
医学界や科学界では、このような反ワクチン的態度は集団免疫の実現を妨げる脅威と捉えられています。
そのため、これまでワクチン反対的態度については研究されていましたが、「なぜ人々がワクチン反対に傾くのか?」についての理解はまだよくわかっていませんでした。
そこで東京大学大学院の鳥海教授らの研究グループは、コロナ禍におけるワクチンに関するツイートを機械学習で分析し、「新たにワクチン反対派に傾いた人の特徴」を探りました。
研究で明らかになったのは、以前からワクチンに反対していた人々と、コロナ禍をきっかけにワクチン反対に傾いた人々では、嗜好や関心事が大きく異なるということです。
新たなワクチン反対派は、陰謀論やスピリチュアリティなどへの関心が強く、これをきっかけとしてワクチン反対的態度を形成したことがわかりました。
研究の詳細は、2024年2月5日付の『Journal of Computational Social Science』誌に掲載されています。
目次
- 古参の反対派と新参者では政治関心や嗜好が異なる
- ネット民「レッテル貼り論文」「夏休みの研究レベル」と盛り上がる
古参の反対派と新参者では政治関心や嗜好が異なる
東京大学、早稲田大学、筑波大学の教授らによる研究グループが行ったのは、2021年の1年間にTwitterで投稿された「ワクチン」という単語が含まれる約1億件のツイートの分析です。
研究者らはまず、これらのツイートを、機械学習を用いて「ワクチンを応援する」「ワクチン政策に疑問を投げかける」「ワクチンに反対する」という3つのグループに分類しました。
次に、ワクチン反対の声を広めているアカウントの特定を行い、これを「ワクチン反対ツイート拡散アカウント」と名付けます。さらに、拡散アカウントを多くフォローしている人たちは「ワクチン反対派」と定義しました。
そして、データを以下の3つに焦点を当てて分析しました。
- ワクチン賛成派と反対派を比較し、反対派の特徴を探る
- コロナ前から反対していた人と、コロナ禍をきっかけに反対するようになった人を比べ、新たに反ワクチン的態度を持った人の特徴と「きっかけ」を明らかにする
- 新たに反ワクチン的態度を持った人の政治的な特徴を明らかにする
1の分析から、ワクチン反対派は賛成派と比べて政治的関心が高く、リベラルな傾向の人が多いとわかりました。一方の賛成派は、主にゲームやアニメなど私的な趣味への関心が強く、政治への関心は低い傾向がみられたのです。
2の分析からは、コロナ禍より新たにワクチン反対的態度を持つようになった人々の傾向がわかりました。
以前からの反対派は政治的関心が強いのに対し、新たな反対派は政治的な傾向が弱かったのです。
また、陰謀論やスピリチュアリティへの興味が強い傾向もみられました。新たな反対派のプロフィール文に「集団ストーキング」「テクノロジー犯罪」「波動」「宇宙」「スピリチュアル」「柔軟剤」などが含まれていたのです。
これについて研究者らは、「コロナ禍以降、新たにワクチン反対派になった人々は、陰謀論やスピリチュアリティに対する関心がきっかけとなって反ワクチン的態度を持つようになった可能性が示唆される」と述べています。
3の分析からは、以前からの反対派は、立憲民主党やれいわ新選組、日本共産党などを支持する傾向がありました。一方、新たな反対派は、こうした既存の政党をフォローする傾向が弱いとわかりました。
興味深いのは2022年の3月から9月にかけて参政党アカウントへのフォローが急速に高まった点です。これについて研究者は「陰謀論やスピリチュアリティをきっかけとして反ワクチン的態度を持ち、さらに反ワクチンを掲げる参政党への支持を強めた可能性がある」と分析しました。
ネット民「レッテル貼り論文」「夏休みの研究レベル」と盛り上がる
研究では、コロナ禍で新たにワクチン反対に傾いたきっかけが、陰謀論やスピリチュアリティであった可能性が示されました。
そしてこれらのきっかけで態度が形成されると、そこから政治関心に広がる道筋をたどったのかもしれないと研究チームは指摘しています。
実際、参政党は国際ユダヤ資本などの陰謀論、「風の時代」などのスピリチュアリティ関連語を選挙キャンペーン中に用いて選挙活動を行いました。
これにより反ワクチン的態度を持つ人々の支持を集め、2022年の参政党躍進につながったのではないかという分析です。
「反ワクチン的態度を持つようになると、反ワクチンを掲げる参政党への支持を強め、このことが2022年参院選における参政党の議席獲得に貢献した可能性がある」
この論文の発表を受け、ネットでさまざまな反応がみられました。
「これは面白い」「重要な教訓」とする人もいれば、「東大も地に落ちた」「SNSの投稿から分析とか、夏休みの宿題っぽいね」などの批判的な声も上がっています。
また、特定のグループにレッテルを貼り、偏見を持って接することへの反対意見も散見されます。
そして、「反ワクの最大の問題は公衆衛生の脅威になりうるというところなので、変にレッテル貼るのではなくそういう傾向の人に正しい情報を届ける取り組みに役立ててほしい」と提言する声もみられました。
これらの意見は、まとめサイトtogetterやはてブコメントにて確認できます。
本研究はツイートの観察的研究であり、そのため因果関係について厳密な検証は行えていないという限界があります。
研究者たちは、今後の研究ついて「反ワクチンの言説が非科学的な健康法、代替医療、スピリチュアルな言説、陰謀論とどのように関連しているかを調査する必要がある」として、次の点を付け加えました。
「これを怠ると、公衆衛生政策へのリスクが高まり、ワクチン反対を主要な争点とする政党が国政に進出できるようになる」
この研究報告に対する見方は人によりさまざまでしょうが、人が根拠の曖昧な意見に偏る原因を理解する上でとても興味深い報告と言えるでしょう。
参考文献
人はなぜワクチン反対派になるのか ―コロナ禍におけるワクチンツイートの分析―|プレスリリース | UTokyo-Eng
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-02-05-001
元論文
Anti-vaccine rabbit hole leads to political representation: the case of Twitter in Japan | Journal of Computational Social Science
https://link.springer.com/article/10.1007/s42001-023-00241-8
ライター
鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。