「お酒を飲むとすぐ顔が赤くなるほど弱いのになぜか飲んでしまう」
そういう人は少なくないでしょう。
これまでの研究で、人の飲酒耐性はアセトアルデヒドを分解する酵素・ALDH2の遺伝的な違いによって「お酒に強い・弱い・まったく飲めない」の3タイプに分かれることが知られています。
その一方で、お酒に弱いにも関わらず、よく飲んでしまう人の遺伝的要因は分かっていませんでした。
しかし今回、名古屋大学と愛知県がんセンターの共同研究チームは、日本人集団約17万6千人を対象とした遺伝子調査を実施。
その結果、ALDH2の遺伝子変異と組み合わさることで飲酒行動に影響を与える別の遺伝的要因が発見されました。
お酒に弱いタイプの人でも、 こうした別の遺伝的要因をもっていると、たくさんお酒を飲んでしまうようです。
研究の詳細は2024年1月26日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- あなたはどのタイプ?お酒の強さは遺伝子によって3つに分かれる
- お酒に弱くても飲酒量を増加させる遺伝子があった!
あなたはどのタイプ?お酒の強さは遺伝子によって3つに分かれる
私たちがどれだけお酒を飲めるかは遺伝によって大きな影響を受けています。
お酒を飲んだとき、アルコールは主にアルコール脱水素酵素により「アセトアルデヒド」に分解されます。
アセトアルデヒドはアルコールの最初の代謝産物です。
これが分解されないまま体内に蓄積すると、酔いや頭痛、動悸、吐き気、顔が赤くなるなどの「フラッシング反応」を起こす原因となります。
アセトアルデヒドは次にアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase:ALDH)、特にその中の一種である「ALDH2」によって体に無害な酢酸へと分解されます。
しかしALDH2を発現する遺伝子には、アセトアルデヒドの分解能力に差をもたらす遺伝的な違い(バリアント)が存在し、これによって人々の飲酒耐性は3つに分かれるのです。
1つ目はアセトアルデヒドを効率よく分解できる「GG型」で、お酒がガンガン飲める酒豪タイプです。
2つ目はアセトアルデヒドの分解が遅い「GA型」で、お酒に弱いか程々のお酒が飲める中間タイプです。
3つ目はアセトアルデヒドの分解能力がない「AA型」で、お酒がまったく飲めない下戸タイプです。
これら3つの遺伝的な違いは、ALDH2遺伝子を形づくる塩基配列の中で、たった一つの塩基がG(グアニン)からA(アデニン)に変わることで生じます。
このように、たった一つの塩基が他の塩基に変わった遺伝子変異(バリアント)を「一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)」と呼びます。
過去の調査によると、日本人の56%はお酒に強いGG型で、40%がお酒に弱いGA型、残りの4%がまったく飲めないAA型と言われています。
一方で、GA型はアセトアルデヒドの分解能力が低いにも関わらず、人によって幅広い飲酒パターンを示し、中にはかなりの酒量を飲む人もいることが以前から知られていました。
お酒に弱いのに一体どうして飲むのをやめられないのか?
研究チームは今回の調査でその謎の一端を解明しました。
お酒に弱くても飲酒量を増加させる遺伝子があった!
チームは今回、日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE))やバイオバンク・ジャパンなどから収集した日本人集団17万5672人を対象にゲノム分析を行いました。
具体的には、ALDH2の遺伝子変異との組み合わせによって、各人の飲酒行動に影響を与える別の遺伝的要因を探っています。
その結果、7つの遺伝子領域にみられた遺伝的要因が、ALDH2の遺伝子変異と組み合わさることで飲酒行動に影響を与えることが突き止められました。
例えば、下図の上から5番目に当たる「ALDH1A1 rs8187929」という遺伝子を見てましょう。
これはALDH1A1遺伝子において、1つの塩基がTからAに変化する一塩基多型(SNP)です。
これをお酒に強いGG型に人とお酒に弱いGA型の人で比べてみます(図の上から5番目)。
すると、GA型はこの遺伝子変異をもっていても飲酒量は変わらないのに対し、GA型の人ではこの遺伝子変異があると飲酒量が大幅に増加していたのです。
つまり、ALDH2の遺伝的な違いではお酒に弱いタイプの人でも、別の遺伝的要因と組み合わさることでたくさんのお酒を飲んでしまうと考えられます。
また反対に、ある遺伝的要因をもっていると、飲酒量がさらに低下する遺伝子変異も見られました(図の青色)。
さらにチームは、ここで見つかった7つの遺伝子の中に、ALDH2の遺伝子変異との組み合わせによって、飲酒に関連する「食道がん」のリスクを高めるものがあることも特定しています。
例えば、お酒に弱いGA型の人が「ADH1B rs122994」という遺伝子において塩基TがCに変わっていると、それをもっていない人に比べて、食道がんの発症リスクが3.77倍になっていました(下図の上から3番目)。
このように、別々の遺伝的要因が組み合わさることで、単独での効果とは異なる効果を生み出すことを「交互作用」といいます。
チームは飲酒における交互作用を詳しく理解することで、個々人の遺伝的特徴に合ったベストな予防策が立てられるようになると述べました。
お酒に弱いのにガンガン飲んでしまう人は、こうした遺伝子の交互作用をもろに受けていると考えられます。
参考文献
「お酒に弱いはずなのに飲んでしまうのはなぜ?」 日本人の飲酒行動を決定づける遺伝的構造の解明と食道がんリスクとの関連
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/01/post-619.html
元論文
Genetic architecture of alcohol consumption identified by a genotype-stratified GWAS and impact on esophageal cancer risk in Japanese people
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ade2780
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。