意外なことに運動後に飲むのはノンアルコール・ビールがよいかもしれません。
独ミュンヘン工科大学(TMU)のシェール、ヨハネス氏(Scherr Johannes)らの研究チームは、ビールの豊富なポリフェノール成分とアルコールによる身体への悪影響に注目し、健康飲料としてのノンアルコール・ビールの有用性を調べました。
実験では2009年のミュンヘン・マラソンに参加した男性277名を対象としています。
実験の結果、ノンアルコール・ビールを飲んだ人は、ビールを飲んだ人と比較して、レース後の体内の炎症が少なく、免疫機能が改善し、風邪の発症率が低くなりました。
研究チームは「ノンアルコールビールを飲むことで、物理なストレスによって弱まった免疫システムを修復することが証明できた。また免疫システムの過剰な反応も防ぐことができる」と述べています。
研究の詳細は、学術誌「Medicine &Science in Sports &Exercise (MSSE)」にて2011年6月12日に掲載されました。
目次
- 運動時の疲労回復には「スポーツドリンク」が最適なのか
- 運動後の疲労回復にはノンアルコール・ビールを飲むとよい
運動時の疲労回復には「スポーツドリンク」が最適なのか
私たちはふつうに生活をしていても、発汗や排尿、呼吸などで、1日に身体から約2.5 Lもの水分を失っています。
もし体重の2%以上の水分が体内から失われると、身体的なパフォーマンスに悪影響が生じ始めます。
その理由は、単純に細胞などの維持に水分が必要なこともありますが、体内の水分と電解質(イオン)のバランス(体液の濃度)を一定に保つために重要だからです。
電解質とは、水に溶けると陽イオンと陰イオンに分かれ、電気を通す物質のことです。
この電解質は、カリウムやカルシウム、ナトリウムなどがあり、ミネラルと呼ばれ、骨や歯の形成、身体の水分量、浸透圧の調節、神経の伝達そして筋肉の収縮などさまざまな役割を持っています。
電解質は多いから良い、少ないから悪いというわけではなく、バランスが崩れると臓器や細胞の機能が低下し、生命の維持に関わります。
そのため、水分補給が重要だからといって、水だけを飲んでいると体液が薄まってしまいます。
そして体内の水分と電解質(イオン)のバランスを整えるために排尿を促進し、水分と電解質が共に不足した状態となり、結果、体液の量が減ってしまう「自発的脱水」と呼ばれる状況になってしまうのです。
自発的脱水を防ぐためにはなるべく体液と近い飲料を飲むことが大切です。
体液に近い飲料と言われて思いつくのはおそらく「スポーツドリンク」でしょう。
スポーツドリンクは、糖分や電解質、アミノ酸、ビタミンなどを効率よく吸収し、水分補給を行うことができるだけでなく、エネルギー補給を同時に行うことができ、疲労回復に役立ちます。
しかし近年の研究では、スポーツドリンクの効果を疑問視する報告が増えてきました。
例を挙げると、スポーツドリンクは体内の電解質の濃度よりも低いことが多いので、結局は血中の電解質濃度が低下し、意識障害やけいれんが起きる「低ナトリウム血症」が生じてしまうことや、疲労回復の面において上腕三頭筋外側頭などのピンポイントな疲労にしか回復がみられないといったものです。
どうやら糖質と水分を補給することに関しては、スポーツドリンクは長けているようですが、運動後の体内の水分と電解質のバランスの維持、体内の炎症の低下にはつながらない可能性があります。
ではほかに運動後の飲料として適した飲み物はないのでしょうか。
運動後の疲労回復にはノンアルコール・ビールを飲むとよい
そこで独ミュンヘン工科大学のシェール、ヨハネス氏(Scherr Johannes)らの研究チームは、スポーツ飲料としてのノンアルコール・ビールの効果を検証しました。
彼らはノンアルコール・ビールのポリフェノール成分に焦点を当て、実験を行っています。
実験に参加したのは、2009年のミュンヘン・マラソン(42.195 km)に出場した男性277名でした。
実験者は参加者を以下の2つのグループに分けています。
ノンアルコール・ビールグループ:マラソン前の3週間と後の2週間、毎日約1-1.5 Lのノンアルコールビールを飲む
プラセボ・グループ:マラソン前の3週間と後の2週間、毎日ポリフェノールを除いたノンアルコールビールと同じ成分を含む、味・色が同じ飲料(プラセボ飲料)を約1-1.5 L飲む
そしてマラソン参加前と完走直後、24時間後、72時間後に血液の採取し、体内の炎症度合いが実験介入によって変わるのかを比較しています。
実験の結果、ノンアルコール・ビールを飲んだ人は、プラセボ飲料を飲んだ人と比較して、レース後の体内の炎症マーカー(インターロイキン-6と血中の白血球の数)が低く、免疫機能が改善されていました。
またプラセボ飲料を飲んだ人と比較して、ノンアルコール・ビールを飲んだ人はレース後の情動感染症(風邪)の発症率が約3.25倍低いこともわかっています。
研究チームは「ノンアルコールビールを飲むことで、物理なストレスによって弱まった免疫システムを修復することが証明できた。また免疫システムの過剰な反応も防ぐことができる」と述べています。
ビールに「ポリフェノール」が豊富なことは昔から有名な話で、適度な飲酒が心疾患リスクを予防すること、その効果は赤ワインに匹敵するレベルであることが過去の報告をレビューした研究でも報告されています。
しかしビールに含まれるアルコールは、心血管疾患リスクを高めるHDL-コレステロール値の上昇を引き起こすなど、ポリフェノールから得られるメリット以上に大きなデメリットがあります。
その点、ノンアルコール・ビールは、普通のビールよりはポリフェノールの量は劣るものの、アルコールがもたらす懸念点がありません。
またノンアルコール・ビールは、運動後の体内の水分と電解質のバランスの維持にも寄与することも分かっています。
水分補給、体内の水分と電解質(イオン)のバランスの維持、そして抗炎症効果と、ノンアルコール・ビールは運動後の健康飲料として有用なのかもしれません。
参考文献
Non-alcoholic wheat beer boosts athletes’health, sport doctors say
https://www.sciencedaily.com/releases/2011/06/110609112901.htm
元論文
Nonalcoholic beer reduces inflammation and incidence of respiratory tract illness.
https://www.semanticscholar.org/paper/Nonalcoholic-beer-reduces-inflammation-and-of-tract-Scherr-Nieman/00961dffacc48ecba5a7e8077df6c37dd9c47ae2
Effects of Beer, Non-Alcoholic Beer and Water Consumption before Exercise on Fluid and Electrolyte Homeostasis in Athletes
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4924186/
Features of Non-Alcoholic Beer on Cardiovascular Biomarkers. Can It Be a Substitute for Conventional Beer?
https://www.mdpi.com/2072-6643/15/1/173
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。