深海には人類の知らない未知の生物がごまんといると言われています。
一方で、深海生物の多くは脆く壊れやすいのが難点で、捕まえて持ち帰るのが難しく、たとえ持ち帰ったとしてもDNAが破損していたり、劣化する点が懸念されてきました。
そんな中、米ロードアイランド大学(URI)やシュミット海洋研究所(SOI)ら複数の研究機関は、深海で遭遇した生物をSFみたいなロボットアームで瞬時に捕捉し、その場でDNAを採取して防腐剤の中で保存できる新型ROV(遠隔操作型の無人潜水機)を開発したと発表。
この新技術により、種の特定プロセスを年単位で大幅に短縮できる可能性が期待できるとのことです。
研究の詳細は2024年1月17日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- 3D撮影&DNA採取ができる新型ROVを開発!
- 新型ROVの性能をテスト
3D撮影&DNA採取ができる新型ROVを開発!
深海は地球上で最も探索の進んでいない場所の一つであり、未知なる生物の宝庫となっています。
しかし現在、研究者たちが深海で捕まえた生物を新種と決定づけるには、困難なプロセスを踏まなければなりません。
まずは生きた標本を採取する必要がありますが、深海生物の多くは軟体で骨がなく、組織も薄くて非常に脆いため、採取が難しいのです。
捕捉の際に生体標本を傷つけてしまったり、持ち帰る際に劣化してしまったりと、高品質のDNAサンプルが得られにくいことも問題です。
さらに持ち帰られたDNAサンプルは世界中の生物データと比較しながら、新種か既知種かを決める長い道のりが始まります。
種の特定までは数年という長い時間がかかることも普通で、最長の部類だと21年の期間を要したこともあるという。
そんな中、ロードアイランド大学ら複数の研究機関が参加した共同プロジェクトで、これらの難点を解決する新型ROVが開発されました。
この新型ROVは数年前から開発がスタートしており、主に深海生物を高解像度で撮影できるカメラと、深海生物を優しくキャッチして、その場でDNAを採取できるロボットアームを特徴としています。
まずカメラについては、モントレー湾水族館研究所(MBARI)のバイオエンジニアチームが中心となって、4Kカメラ(上図の①)の他に、2つの高度な撮影システム:EyeRIS(②)とDeepPIV(③)を搭載しました。
4Kカメラは遭遇した深海生物をそのまま高解像度で撮影するものですが、EyeRISとDeepPIVは光学技術やレーザー技術を使って生物をスキャンし、その全体像を3Dで再構築して画像化するものです。
特にDeepPIVの方は、生物の表面だけでなく、体内の特定の深さの層だけをイメージ化することもできます(スライス画像のようなもの)。
そしてもう一つの重要な装置が、深海生物を捕捉するロボットアーム(④)です。
これには折りたたみ式の12面体を採用しており、生物をアームの中心に捉えると12面体が折り紙のように畳まれながら、優しく生物を内部にホールドします。
生物には直接触れないので、体を傷つけることなく採取し、またリリースすることもできます。
ただロボットアームが生物のDNAを採取するためには、現状生物を殺めなければなりません。
アーム内部の回転式ブレードで標本を細かく断片化し、それをROVの容器内に吸い込んで防腐剤を充填して保存します。
こうすることでより質の高いDNAサンプルを研究室まで持ち帰ることが可能となります。
残念ながら現段階では生物標本を破砕して、DNAを採取するのが限界ですが、チームは将来的に生物の命を奪うことなくDNA情報を取得し、キャッチ&リリースができる装置の開発を目指しています。
そしてチームはこの新型ROVを使って、深海での実証テストを行いました。
新型ROVの性能をテスト
研究チームは2021年に太平洋での30日間の航海を行い、その中で新型ROVを使い深海200〜1000メートルの探査テストを実施しました。
期間中に61匹の深海生物を撮影し、そのうちロボットアームから逃げなかった32匹のキャッチ&リリースに成功しています。
そしてチームは種の異なる4匹の深海生物を対象に、撮影〜DNA分析までを含めた包括的なテストを行いました。
対象としたのは以下の4匹で、左上から時計回りに、オヨギゴカイ属の一種(学名:Tomopteris polychaete)、ヒノオビクラゲ属の一種である(学名:Marrus claudanielis)、クダクラゲ目の一種(学名:Erenna sp)、そして樽型の尾索動物であるサルパの一種です。
結果、4種ともに高解像度での撮影からロボットアームでの捕捉、DNA採取までを問題なく完遂できました。
加えて、採取したDNAサンプルの分析から、4種の種の特定もスムーズに行うことにも成功しています。
研究に参加したニューヨーク市立大学(CUNY)の海洋生物学者であるデヴィッド・グルーバー(David Gruber)氏は、この新型ROVについて「私たちが存在すら知らなかった深海生物から、わずか数分で信じられないほど多くの情報を得ることができる ことを証明した」と話しています。
チームは次なるステップとして、(先に述べたように)ロボットアームのデザインを改良し、捕捉した生物を殺さずにDNA情報を入手できるような技術を開発したいと述べています。
この新たなテクノロジーは深海生物の発見を大幅に促進するとともに、種の保護や海洋管理に役立つ情報を提供できると期待されています。
こちらはオヨギゴカイを撮影したときの映像です。
参考文献
New undersea robot digitally captures the sea’s most delicate life
https://www.science.org/content/article/new-undersea-robot-digitally-captures-sea-s-most-delicate-life
New Approach Enables Deep-Sea Research on Fragile Animals
https://www.bigelow.org/news/articles/2024-01-17.html
URI professor leads effort demonstrating success of new technology in conducting deep-sea research on fragile organisms
https://www.uri.edu/news/2024/01/uri-professor-leads-effort-demonstrating-success-of-new-technology-in-conducting-deep-sea-research-on-fragile-organisms/
元論文
An in situ digital synthesis strategy for the discovery and description of ocean life
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj4960
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。