臓器間の調和が健康と若さの鍵でした。
最近になって、体内の各臓器が互いに通信し合う連絡経路が、若さと活力の泉になり得ることがわかってきました。
健康な状態では、これらの経路が開かれ、器官は一体となってスムーズに機能します。
しかし、時間の経過とともに、これらの通信ラインは徐々に劣化し始め、重要な分子的・電気的メッセージを受け取る能力を失い、その調和は乱れがちになります。
連絡経路・調和・メッセージなどの単語のせいで、一見すると古代中国医学の「気功」やインドの「ヨガ」を連想する人もいるでしょう。
しかし米国のワシントン大学(UW)で行われたマウス研究は列記とした科学研究であり、化学遺伝学的手法を用いて連絡経路の探索が行われました。
その結果、脳の視床下部と体の脂肪組織を繋ぐ連絡経路がエネルギー生成の中心として機能し、老化に抗う肉体の若さや活力を提供していることが示されました。
また驚くべきことに、今回の研究では連絡経路を循環して活力を与える物質の特定にも成功しました。
脳と肉体はどのような経路で結ばれ、どんな物質が取引されていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年1月8日に『Cell Metabolism』にて公開されました。
目次
- 活性化するだけで若返る回路が存在する
- 体に活力が戻り寿命も7%伸びた
活性化するだけで若返る回路が存在する
私たちの体の中には、見えない秘密の通信網が張り巡らされています。
この驚きのネットワークが、実は私たちの老化をコントロールしているとしたらどうでしょうか?
最新の研究により、この体内の連絡経路が、私たちの老化を大きくコントロールしていることが判明しました。
臓器間を結ぶ通信ラインがスムーズに働いている時、私たちの体はまるで精密な時計のように調和して機能します。
しかし、時間の経過と共に、この通信システムは少しずつ劣化し始め、体の各部分への重要なメッセージが届かなくなるのです。
そして連絡頻度が落ちていくと、連絡経路そのものが細くなって途切れがちになり、さらなる調和の乱れを引き起こし、やがて体の各所に失調が目立ち始めます。
最新の見解では、この現象こそが老化の正体の1つであると考えられています。
では、もしこの秘密の通信路をうまく管理できたら、私たちは老化を遅らせることができるのでしょうか?
ワシントン大学の今井眞一郎氏らの研究チームは、脳と脂肪組織をつなぐ通信路が老化制御の鍵を握っていると考えています。
彼らの行ったマウス実験では、この経路の特定を試み、驚きの結果にたどり着きました。
私たちの体内には、刺激するだけで若返りが起こるような、夢のような回路が存在するのでしょうか?
体に活力が戻り寿命も7%伸びた
調査においてはDREADD(デザイナードラッグによってのみ活性化されるデザイナー受容体)という革新的なツールが使用されました。
何やら小難しそうな名称ですが、原理は簡単です。
この方法ではまず毒性のない安全なウイルスのDNAに、自然界には存在しない薬物(CNOなど)にのみ反応するセンサー(受容体)の設計図を組み込み、脳細胞に注射します。
こうすることで特定の薬物を注入すると、ウイルスを取り込んだ脳細胞のみを活性化あるいは抑制させることが可能になります。
すると上の図の緑で示された、視床下部に存在する特定のニューロングループが白色脂肪組織に向けて信号を発していることが判明。
信号を受け取った脂肪組織はエネルギー源となる脂肪酸とeNAMPTと呼ばれる特殊な酵素が小さな小胞にパッケージされ放出されていることが明らかになりました。
そしてこの酵素「eNAMPT」が血液に乗って視床下部に到達すると、白色脂肪組織に向けた信号をさらに発するように脳細胞たちを促します。
このフィードバックループが進むと脂肪の分解が進み、脳と体に多量のエネルギー源が供給されるようになります。
しかし老化したマウスでは脳細胞の元気がなくなり、フィードバックループをはじめるための信号が徐々に弱く使用頻度も下がっていくことが示されました。
また使用が減ると神経経路の配線も徐々に劣化し、若い頃には左のように強固だったネットワークが老化によって右のように薄くまばらになることが示されました。
さらにニューロン内部を詳細に調べると、本来は核内に存在するPpplr17と呼ばれるタンパク質が、老化したマウスでは核から漏れて細胞質に広がっていることがわかりました。
老化した細胞では、本来あるべきではない場所に、タンパク質が漏れていることがあります。
そこで研究者たちは遺伝的手法を用いて、視床下部のニューロン核内部にPpplr17が留まるようにしてみました。
老化にともなって発生した現象の1つを、細胞レベルで取り除いたわけです。
すると驚いたことに、操作が行われたマウスは高齢になっても活動的で頻繁に回し車で遊び、毛つやも光沢があって見た目も若々しくなっていることが判明。
また通常のマウスの寿命は1000日(2.5年)を超えることはまずありませんが、操作を受けたマウスでは1000日を超えて生存するものも現れ、平均寿命も7%ほど伸びていることが示されました。
日本人の男性の平均寿命(約80歳)から換算すれば、この変化はおよそ5.6年(しかも健康で若々しい状態での5.6年間)に相当します。
今後、今井氏らは脳と脂肪組織の間の連絡回路を維持するための方法を研究していくと述べています。
たとえばeNAMPTを外部から補給することができれば、視床下部を刺激して脂肪組織からのさらなるeNAMPTの生成を促進し、フィードバック回路を強化できる可能性があります。
もしeNAMPTの外部補給によって人間でも劇的な若返りや寿命延長が起きるなら、史上初の若返り薬、あるいは寿命延長薬となるでしょう。
参考文献
Life span increases in mice when specific brain cells are activated
https://medicine.wustl.edu/news/life-span-increases-in-mice-when-specific-brain-cells-are-activated/
元論文
DMHPpp1r17 neurons regulate aging and lifespan in mice through hypothalamic-adipose inter-tissue communication
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S155041312300462X
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部