「光あれ」
大阪大学で行われた研究によって、高出力レーザーをエネルギー源として光子同士の衝突を引き起こして電子と陽電子を対生成させ、さらに陽電子を超相対論的エネルギー(光速に近い)まで加速する単純な方法が発見されました。
この仕組みは2つの光子衝突から物質を生成する不思議な現象(ブライト・ホイーラー過程)を利用して、反物質である陽電子を採取するための方法として、将来の実験に役立つと期待されています。
しかしなぜ光子を衝突させるだけで、何もない空間から物質が生成されるのでしょうか?
研究内容の詳細は「Physical Review Letters」にて掲載されています。
目次
- 光子の衝突は空間に対生成を引き起こす
- 光と光が正面衝突する環境を算出する
光子の衝突は空間に対生成を引き起こす
私たちの目には見えるけれども手で触れることのできない光。
この光が、ある特殊な条件下で物質を生み出すことができると聞いたら、あなたはどう思うでしょうか?
まるでSF映画のような話ですが、これは科学の進歩がもたらした現実の物語です。
この現象の核心は、「光子同士の衝突が物質を生成する」ということです。
光子とは、光を構成する粒子で、通常は質量を持ちません。
しかし、高エネルギーの状態で光子同士が衝突すると、電子と陽電子という質量を持つ粒子が生まれるのです。
これはアインシュタインの有名な式E=mc²、つまりエネルギーと質量の等価性を具現化したものです。
光子が物質を生成するこの能力は「場の理論」を理解するにあたり非常に重要です。
私たちの住む宇宙には、電磁場や重力場など目にみえない物理法則を支える仕組み「場」が存在します。
光の衝突によって物質が生成されるのも、場に刺激を与えた結果と言えます。
この現象を理解するための分かりやすい例として、二次元的な水面に刺激を与えて水を飛び散らせる様子を考えてみましょう。
水面は、「場」に相当します。
この場は空間全体に広がるエネルギーの分布であり、粒子はこの場の局所的な励起として現れます。
水面に与えられる刺激は、光子の衝突によってもたらされるエネルギーです。
この刺激が十分に大きい場合、水面(場)は励起され、新たな現象、すなわち粒子の生成を引き起こします。
飛び散る水滴は、新たに生成される粒子、この場合は電子と陽電子のペアに相当します。
この結果は、光がただ明るいだけでなく、物質の世界を創造する力を持っていることを示しています。
しかし、これまでの科学技術では、光子衝突による電子・陽電子対の生成を観測することは非常に困難でした。
その理由は、生成確率が非常に低く、大量のガンマ線光子を衝突させる必要があったからです。
そこで、大阪大学の研究チームは高出力レーザーを出発点にして、光子衝突による電子・陽電子対の効率的な生成を起こす条件を探索することにしました。
光と光が正面衝突する環境を算出する
調査にあたってはまず、高強度レーザーがプラズマに衝突した場面が想定されました。
高強度のレーザー光が物質に衝突すると、その物質は瞬時に電離してプラスの原子核とマイナスの電子がバラバラになったプラズマ状態となります。
(※もし十分強力なレーザー銃があれば、どんな装甲であっても構成原子をプラズマ化させながら貫通することができるでしょう。これは装甲の物理的強度を無視できるという点で、装甲を熱で溶かしてしまう現実世界のヒート弾に少し似ています)
ですが研究では、プラズマ化した物質にレーザーを当て続けると、理論上、プラズマ内部の電子がレーザーによって「加速」されることが示されました。
光には質量がありませんが、運動量を持つことが知られています。
そのため宇宙で懐中電灯を使って物体を照射し続けると、光をあてられた物体はゆっくりと加速していきます。
この原理を利用したのが光学帆船であり、ある計画では光速の30%まで加速できる可能性が示されています。
プラズマ中の電子も同じように、高出力レーザーによって10ミクロン程度の助走で、ほぼ光速に近い速度まで加速されます。
ここからは少し難しくなるのですが、順を追って解説します。
まず加速された荷電粒子(電子)は、自らが変化させた電磁場と相互作用します。
マイナスの電荷を持つ電子は存在しているだけで、自分の周囲に電磁場を形成します。
そのため電子たちが高速で加速すると、周囲の電磁場と相互作用を引き起こし、結果として光子(電磁場)を放出されます。
強く加速された電子ほど、より高いエネルギーを持つ光子(電磁波)を放出します。
研究で設定された条件では、光速近くまで加速された電子からは、極めて高エネルギーのガンマ線光子が発生することが示されています。
一方、プラズマ中のイオンは電子より重く電子に追随できないため、レーザーの先端に荷電分離による電場が形成されます。
この電場は電子の一部を引き戻し、その結果後方にX線が放出されます。
このように、レーザー光がプラズマ中を進むだけで、多数のガンマ線光子とX線光子が正面衝突をする構造が自然に発生することがわかりました。
つまり「レーザー照射➔電子加速➔高エネルギー光子の放出」という過程を辿るわけです。
(※単にレーザーを正面衝突させたわけではないことがわかります)
この結果を研究者たちは「高エネルギーの光子が正面衝突する環境が自己生成される」と表現しています。
そして計算を行ったところ、このような環境で起こる光子の正面衝突では場に十分な刺激を与え、空間から電子と陽電子のペアが対生成されることが示されました。
さらにレーザー先端部に形成される電場によって、対生成された陽電子がレーザー方向に加速され、陽電子ビームになることが示されました。
これまで反物質である陽電子を使った実験を行うには、陽電子の供給が最大のネックになっていました。
しかし今回の研究では、プラズマにレーザーを発射するだけで、大量の陽電子がビームとなって出現することが示され、今後の実験における陽電子の採取源として期待されます。
また今回の技術は未来の科学技術、特にエネルギー源や新素材の開発において、革新的な影響を与えるでしょう。
参考文献
電子と陽電子の対生成、レーザー伝播過程のシミュレーションで発見
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230817_1
元論文
Positron Generation and Acceleration in a Self-Organized Photon Collider Enabled by an Ultraintense Laser Pulse
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.131.065102
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部