「夢を紙に書くと叶う」
ビジネス書で一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
この主張の根拠として引き合いに出されるのが、1953年に実施されたイエール大学の「目標設定実験」です。
具体的な結果は、紙に目標を書き出していた学生の総資産が、書き出していなかった学生の総資産の約10倍になったというものです。
しかしこの米イエール大学の「目標設定実験」は調べても見つからないどころか、イエール大学の職員は「調査を行ったが、その様な研究の存在は確認できなかった」と回答しているそうです。
そこで米ドミニカン大学のゲイル・マシューズ氏(Gail Matthews)は、大学生を集め、紙に目標を書き出すことで達成率が本当に高まるかを検討しました。
さて結果はどうなったのでしょうか。
目次
- ビジネス書で有名なイエール大学の「目標設定実験」はデマだった
- 目標を紙に書き出すと本当に達成率が高まるのか
ビジネス書で有名なイエール大学の「目標設定実験」はデマだった
「夢は紙に書き出すと叶う」
ビジネス書を読む人であれば、一度はこの言葉を目にしたことはあるでしょう。
そのような本のなかでは、目標や夢を紙に書き出すことでより明確になり、目標達成に近づくとよく述べられています。
その主張の根拠として登場するのが、1953年に実施されたイエール大学の「目標設定実験」です(たまにハーバード大学の実験だと紹介されることも)。
知らない人のために、その実験について説明すると以下のような内容となります。
大学の講義で学生に「目標を紙に書き出していますか?」と質問しました。
この質問に対し「はい」と回答した学生は全体のたった約3%でした。
残りの84%の学生は明確な目標を持っておらず、13%は目標はあるが紙に書き出していないと回答。
その20年後にこのアンケートを実施した学生を追跡しました。
結果、残りの97%の学生の資産の合計よりも、紙に目標を書き出していた3%の学生の資産の合計が多くなったのです。
具体的には、目標を紙に書き出していた学生の資産は、そうでない学生と比較して、約20年間で約10倍にまで増えたことになります。
ビジネス書や自己啓発のセミナーでは、この実験の結果を引き合いに出し、「夢を紙に書くと実現する」との主張がされるようです。
しかしこのイエール大学の「目標設定実験」は調べても見つからないどころか、最初に述べた通りイエール大学の職員は存在を否定しています。
つまり今まで存在しない実験の結果を根拠に「目標を紙に書くことの重要性」が主張されていたのです。
ただ実験はデマだったとはいえ、確かに「目標を紙書き出す」という単純な行為は、自己啓発として効果的な印象を受けます。
このデマが広まった原因もそこにあるのでしょう。
では本当に目標を紙に書き出す行為には、意味がないのでしょうか。
ここで重要なことは、イエール大学の「目標設定実験」が存在しないからといって、目標を設定することの有用性自体が否定されたわけではないという点です。
それなら実際に実験して確かめてみればいいのでは?
そう考えて実際に調べてみた人がいます。
その人はドミニカン大学のゲイル・マシューズ氏(Gail Matthews)で、紙に目標を書き出すことで達成率が本当に高まるかを検討しています。
目標を紙に書き出すと本当に達成率が高まるのか
実験では、参加者267名を以下の5つのグループに分け、4週間後に達成した目標を考えてもらいました。
グループ1:目標を紙に書き出さない
グループ2:目標を紙に書き出す
グループ3:目標を紙に書き出し、行動計画を立てる
グループ4:書き出した目標と達成に必要な行動を友達に共有する
グループ5:書き出した目標と達成に必要な行動を友達に共有し、途中経過を報告をする
そして、4週間後に設定した目標の達成度を評価してもらいました。
さて目標を紙に書き出すことの有無や友達とその目標・行動を共有することは達成率をどう変えるのでしょうか。
実験の結果、目標を紙に書くか否かだけの差を見ると、目標を書かなかった人の達成率が約4.28%、対して目標を書いた人の達成率は約6.08%となりました。
この差を比率で示すと、目標を書くことで達成率は約42%高まったと言えます。
そして目標の達成率に関しては、「友達と目標を共有し、途中経過を報告した人」がもっとも達成率が高く、「共有だけする人」「目標を紙に書き出す人」が順に続きました。
この友達との目標の共有と進捗の報告は、自分以外の第三者に目標を宣言することになり、目標達成のための行動維持率を高めたものだと考えられます。
実際に、ダイエットやリハビリの分野の研究では、こうした行為が目標達成にプラスの効果をもたらすことが分かっています。
しかし今回の結果では、「目標を紙に書き出していない人」と「目標を紙に書き出し、行動計画を考える人」の間にはほとんど差がありませんでした。
この結果は、目標に向けた「行動計画を立てる」ことは必ずしも達成率にプラスの効果をもたらすのではなく、悪影響を与える可能性を示唆しています。
たしかに目標達成に必要な行動計画を立てることについては、日々の取り組む行動が明確になる分、達成率が高まるような気もします。
しかし逆に目標達成までの行動を明確にすることで、その時の状況の変化で融通の利く選択を取りにくくなるような視野の狭窄を起こすかもしれません。
また曖昧な目標の方が、達成までのプロセスで失敗したときなどにダメージが少ないなど、モチベーションの維持につながるのではないかと考えられます。
例えば「ダイエットのために毎日必ず1時間ジョギングする」という目標を立てた場合、出来なかった日があったり、これをすることが億劫になってしまうと、その時点で挫折してしまう事は確かにあるでしょう。
これは曖昧な目標の方が、継続的な努力を続けやすい可能性を示しています。
そもそもの達成率が6%程度ということを考えると、ほとんどの人は目標を立てても大体挫折するという事かもしれませんが、しかし目標を紙に書くだけで達成率が高まるのであれば、使わない手はないでしょう。
読者の皆さんもいま掲げている目標を紙に書き出してみてはいかがでしょうか。
参考文献
The Surprising Truth About a Famous Goals Research Study
https://beyondtherut.com/goals-research-harvard-yale-goals-study/
Q. Where can I find information on Yale’s 1953 goal study?
https://ask.library.yale.edu/faq/175224?
元論文
Goals Research Summary
https://www.dominican.edu/sites/default/files/2020-02/gailmatthews-harvard-goals-researchsummary.pdf
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。