「人を赦すことができない」という人がいます。
怒りは人間の自然な感情で、それを表明することは自分の感情を認め、コントロールするうえで重要です。
しかし、怒りを長く持続させ、復讐することに「正しさ」と「喜び」を感じてしまうなら、それはちょっと問題かもしれません。
今回は、赦しについてのお話です。先行研究では、怒りや恨みの感情を乗り越えるのが難しい人は特定の性格特性を有していることがわかっています。
そして、新たに発表された研究によれば、性格特性と「赦しの欠如」との間には、「怒りの反芻」というプロセスが大きく影響しているとわかりました。
研究の詳細は、2023年12月付の『Personality and Individual Differences』誌に掲載されています。
目次
- 冷淡な策略家は「赦すこと」が難しい
- 怒りを反芻すると「復讐」は「正義」になる
冷淡な策略家は「赦すこと」が難しい
日本語では、これから行う行為を認める「許す(許可)」と、すでに行った行為の失敗を責めない「赦す(赦免)」が区別されます。ですのでここでは、「赦す」という漢字を使っていきます。
さて、「ゆるせない…」という感情は、激しい怒りを経て、「仕返しをしたい」「復讐したい」という欲求へとつながります。
復讐は、他人の罪を罰したいという個人的動機に基づくもので、復讐する人に安らぎをもたらすために行われることが多いとされます。
そして「復讐心」は、性格特性に大きく関係します。
2014年、カナダの研究者らは、大学学部生219名を対象に性格特性と復讐心との関連を調査した論文を発表しました。
この研究によると、「マキャヴェリズム(Machiavellism)」や「サイコパシー(Psychopathy)」特性が高い人は復讐心が高く、正義感や法的な判断力も低いことがわかりました。
また、他人の異なる意見や行動に対する許容度が低く、他人への共感や思いやりも低いことが示されています。
マキャヴェリズム(Machiavellianism:権謀術数主義)は、計算や策略的な行動で他人を利用しようとする性格特性です。マキャヴェリストと呼ばれる人は、自己の利益や権力を追求するために他人を操ろうとする傾向があります。
サイコパシー(Psychopathy:精神病質)は、感情の鈍さ、共感の欠如、衝動的で反社会的な行動が特徴的な性格特性です。サイコパシー特性を持つ人はサイコパスと呼ばれ、しばしば冷酷で無慈悲であり、他人を傷つけたり欺いたりすることに抵抗感が少ない傾向を持ちます。そのため犯罪行動や不正行為に関与する傾向が高まります。
本研究を含む複数の研究は、これらの性格特性が「赦し」の妨げにつながっている可能性を示しています。そして、この関係をさらに深掘りしたのが、今回ご紹介する研究です。
セルビアのベオグラード大学(the University of Belgrade)の研究者らは、性格特性と「赦しの欠如」との関係に「怒りの反芻」がどう影響するかを確認しました。
結果、マキャヴェリズムやサイコパシー特性が高い人は、自分を不当に扱った人に対して、怒りを媒介として復讐を正義に昇華させる傾向がわかったのです。
怒りを反芻すると「復讐」は「正義」になる
研究者らは、一般募集した18歳から73歳までの629人(平均年齢は30.23歳、異なる生活基盤を持つ。さまざまな年齢・性別の人々)の参加者を対象に、性格特性と「赦し」の関係に「怒りの反芻」がどのような役割を果たすかを調査しました。
研究者によれば、「怒りの反芻」は4つの異なる次元を持ちます。
① 怒りの余韻: 引き金となった出来事について、どうすれば違った展開になったか、どう言えばよかったか、どうすればよかったかなど、繰り返し執拗に考えてしまうこと
② 怒りの記憶: 引き金となった出来事を何度も頭の中で再生することに夢中になること
③ 復讐の念: 報復を求めたり、悪いことをした相手への「仕返し」に執着すること
④ 原因究明: 不当な扱いを受けたことに対して、意味のある、あるいは納得のいく原因や説明を探すことに執着すること
性格特性と「赦し」、および「怒りの反芻」は質問票による評価が行われ、媒介分析が行われました。
媒介分析は、研究で2つの変数【AとC】の関係を調べる際に、中間的な変数【B】がどのように影響を持っているかを説明する統計的手法です。
ここでは、【性格特性と赦しの欠如】の関係において、変数である【怒りの反芻】がどう影響するのかが分析されたということです。
結果、性格特性と「赦しの欠如」の関係は、「怒りの反芻(①怒りの余韻、②怒りの記憶、③復讐の念)」により媒介されていることが示されました。
つまり、マキャベリズムとサイコパシーという性格特性が、他人との関係を対立的に捉えて怒りを引き起し、このことが「赦しの欠如」につながるという構図です。
論文の筆頭著者であるネデルイコヴィッチ氏は、次のようにコメントしています。
「マキャベリズムやサイコパシーが強い人は、時間の経過により怒りがなくなるどころか、長引く可能性が高いのです。
これは、怒りの引き金となった過去の出来事を反芻する傾向があるために起こります。怒りの記憶が繰り返し頭に浮かび、状況を解決し、正義を達成する手段として復讐を考えるというわけです」
本研究は、セルビアのデータに基づくものですから、日本人に完全に適用するのは難しい点があるかもしれません。
しかし、「怒りを引きずり続ける人」の心理や、自分の中にある「赦せない」という感情を理解するうえでは、参考にしていただけるのではないでしょうか。
何かムカつく出来事があったとき、何度もそのことを思い返し、報復しなければ悪が野放しになる、というような考え方をしてしまう人は注意が必要です。
そのような人たちは、ここで上げたような危険な性格特性を持つ可能性があり、また怒りを反芻でストレスを溜めたり時間を無駄に使ってしまう可能性があります。
ネットなどで炎上騒ぎがあった際にしつこく粘着する人も、こういった傾向が考えられます。
自分が過去にされた不条理な行為とよく似たネットの炎上騒動を見かけたことで、過去の怒りや復讐心が反芻され、「赦せない、報復こそ正義」という思考に凝り固まっていってしまうのです。
怒りが制御できないと、人生を台無しにしてしまう可能性があります。ムカつくことがあっても、そのことを何度も思い返さない、相手を悪と捉え報復することが正義のように考えない。
これが重要なことでしょう。
参考文献
New research identifies a psychological bridge between dark personality traits and lack of forgiveness
https://www.psypost.org/2023/11/anger-rumination-the-bridge-between-dark-personality-traits-and-lack-of-forgiveness-214299
元論文
The dark triad and forgiveness: The mediating role of anger rumination –ScienceDirect
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0191886923002854#preview-section-references
ライター
鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。