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「光」は熱がなくても水を蒸発させることができると判明


水は常温でも蒸発しますが、熱を加えることでどんどん蒸発量は増えます。


これは、熱エネルギーによって水分子の動きが活発になり、空気に飛び出しやすくなるためです。


このため、これまで水の蒸発速度は温度に依存するとされてきました。


しかし、マサチューセッツ工科大学のガン・チェン氏らは、熱だけでなく光もまた水の蒸発を促進させる要素であることを発見したのです。


研究グループによると、水温を変えなくても光をあてるだけで蒸発速度が上がったと言います。


一体光がどのように作用して水を蒸発させているのでしょうか?


この記事では水が光によって蒸発する実験の詳細と、その仕組みについて説明していきます。


この研究は米国科学アカデミー紀要に2023年10月30日付けで掲載されています。




目次



  • 水が蒸発する仕組み
  • 水が熱エネルギーの計算値より多く蒸発
  • 海水の淡水化や気候変動の予測に期待

水が蒸発する仕組み


水の蒸発:熱が加わると空気中に飛び出る水分子が増える
水の蒸発:熱が加わると空気中に飛び出る水分子が増える / credit:ReAgent

まずは水が蒸発する仕組みについておさらいしておきましょう。


液体の水は分子同士がゆるく結びついて動き回っている状態です。


それに対し、蒸発した水、すなわち水蒸気の状態では分子は完全にばらばらになり動き回っています。


常に動き回っている液体の水分子は水面付近にくると空気中に飛び出してしまうことがあります。


これが水の「蒸発」です。


液体であれば水分子は動いているので、量は多くないものの常温でも蒸発が起こります。


さらに液体の水に熱エネルギーが加わると、分子の運動が激しくなるので飛び出す分子が多くなります。


つまり、温度が高くなると蒸発速度が上がるのです。


蒸発速度はそのほか空気の条件(気圧や気温など)によっても変わってきますが、空気の条件が同じであれば蒸発速度は水温を変数とした式で表すことができます。


しかし、近年このような計算式で計算した蒸発量と、実際の蒸発量が大きく異なる現象が各所で確認されました。


水が熱エネルギーの計算値より多く蒸発


ヒドロゲル
ヒドロゲル / credit:Wikipedia

蒸発量が理論値と大きく異なる現象はヒドロゲルの中の水分で観察されました。


ヒドロゲルとは、水を媒体としたゲル状の物質を指す言葉です。


具体的には水を使った寒天やゼリーがヒドロゲルにあたります。


ヒドロゲルにおける水の蒸発量を測定すると、温度を元に算出した計算値より大きくなる事例が頻発していました。


その蒸発量の違いは大きいものでは計算値の3倍以上となったものもあります。


そのため、多くの研究者たちは「水の蒸発を促すものが熱以外にもあるのではないか」と疑いました。


そんな中、MITの研究チームは「光が蒸発を引き起こす」と推察し、実際にヒドロゲルに光を当てて蒸発するか実験することにしたのです。


光の色によって蒸発量が変化


緑の光を当てたヒドロゲル:白いもやが蒸発した水分
緑の光を当てたヒドロゲル:白いもやが蒸発した水分 / credit:PNAS

実験では、水面に異なる色の光を順番に当て、蒸発速度を測定しました。


この際、ライトの熱が伝わらないよう、ヒドロゲルは光のみが届くシールドで遮断されています。


実験の結果、蒸発量は光の色によって変化し、緑色の光(520nmの波長)でピークとなりました。


温度の関与がない状態で、光の色によって結果が変わったというこの事実は、光そのものが蒸発に関わっていることを示しています。


研究チームは、実験で観察された現象について「光子が実際に水分子を水面から弾き出しているのでは?」と考え、このプロセスを光分子効果と名付けました。


単純に考えると光のエネルギーは青色に向かうほど高くなるため、水分子を弾き出す効果は青い光ほど強くなりそうな気がしますが、緑色の光でピークになるのはなぜでしょう?


光が物体に当たった場合の反応には、物質の分子構造に関与する場合と、単純に熱エネルギーに変換されて物質を温めるだけの場合に分かれます。


これは物質を構成する分子のサイズと光の波長の関係で決定されます。


今回の報告を見る限り、緑色の光がちょうど水分子にとって「適切な波長」であり、蒸発を最大限に促進しているのだと考えられます。


では光に誘起されて蒸発が進むという光分子効果が発見されたことで、世界はどのように変わっていくのでしょうか?


海水の淡水化や気候変動の予測に期待


光による蒸発は豊かな水資源獲得につながるかも
光による蒸発は豊かな水資源獲得につながるかも / credit:Pixabay

現状、光分子効果はヒドロゲル上でしか観察されていませんが、研究者たちは海面や雲の中など他の条件下でも同様に発生する可能性を指摘しています。


海面からの蒸発を考えたとき、これまでも理論値と合わないことが多くあったためです。


もっと身近な例で言えば、晴れの日と曇ってる日で、洗濯物の乾き方が違うのも光分子効果のせいかもしれません。


光分子効果を使えば、熱エネルギーを使わなくても水の蒸発を早めることができます。


このため、蒸留を用いた浄水や海水の淡水化において、安価で大幅に蒸発の効率を上げられることが期待されています。


また、光分子効果を踏まえた蒸発プロセスを数式化できれば気候変動の予測がより正確になる可能性もあります。


光分子効果はまだ発見されたばかりで、仮説の域を出ない部分も少なくありません。


しかし、もし実用化されれば「水」という資源の幅が大きく広がるでしょう。


今後の研究に期待が高まりますね。


全ての画像を見る

参考文献

In a surprising finding, light can make water evaporate without heat
https://news.mit.edu/2023/surprising-finding-light-makes-water-evaporate-without-heat-1031

元論文

Plausible photomolecular effect leading to water evaporation exceeding the thermal limit
https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2312751120

ライター

いわさきはるか: 生き物大好きな理系ライター。文鳥、ウズラ、熱帯魚などたくさんの生き物に囲まれて幼少期を過ごし、大学時代はウサギを飼育。大学院までごはんの研究をしていた食いしん坊です。3人の子供と猫に囲まれながら、生き物・教育・料理などについて執筆中。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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