「点滴してもらったら、すぐに元気になった」という経験があるかもしれません。
点滴などを含む「静脈注射」は、薬剤などを静脈内に直接注入する方法であり、薬効が非常に早く表れます。
しかし堅い針を静脈内に挿入するため、患者が過度に動く場合には、血管壁が傷つく恐れがあります。
そこで韓国科学技術院(KAIST)電気工学部に所属するチョン・ジェウン氏ら研究チームは、最初は硬い針だが静脈内に挿入した後に柔らかくなる注射針を開発しました。
これにより、血管や組織の損傷リスクを最小限に抑え、使用済み注射針の再利用を防ぐことができます。
研究の詳細は、2023年10月30日付の科学誌『Nature Biomedical Engineering』に掲載されました。
目次
- 「柔らかくなる注射針」が世界中の医療問題を解決する
「柔らかくなる注射針」が世界中の医療問題を解決する
静脈注射は薬剤を血管に直接注入するため即効性があります。
そしてこの静脈注射には、薬剤を1回で投与する方法もあれば、点滴のように静脈内に留置した針から薬剤を持続的に投与する方法もあります。
当然ですが、これらに使用される注射針は、ステンレスやプラスチックなど堅い材料でできています。
堅くて鋭い先端がなければ、静脈に挿入することはできないからです。
しかし、この堅さが血管壁を傷つけてしまうこともあります。
従来の注射針は、注射部位の軽微な損傷から重度の炎症に至るまで、医療現場でのトラブルを引き起こすリスクを抱えているのです。
点滴では堅い針を静脈に挿入したまま薬剤投与を続けるため、患者が動きすぎると損傷リスクが高まります。
(ちなみに長期間針を指したまま点滴する場合は、一度針を抜き、柔らかいカテーテルを留置することがほとんどです)
この課題に対処するため、チョン・ジョウン氏ら研究チームは、新しい注射針「P-CARE 針」を開発しました。
この静脈注射針は、柔らかいシリコン素材の中空の針フレームと、その中に閉じ込められた金属ガリウム(Ga)で構成されています。
このガリウムの融点は29.8℃であり、これ以下の温度では固体、これ以上の温度に温められると液体になります。
そして新しいP-CARE 針にもこの特徴が生かされており、常温では堅い注射針として機能しますが、静脈に挿入した後、体温で温められると溶けて柔らかくなります。
もちろん、ガリウム自体は針状のフレーム内に封じ込められているので、ガリウムが液体になったからといって静脈内に溶け出すことはありません。
つまり新しい注射針は、静脈に挿入する時は堅い状態を保ちますが、その後は柔らかくなり、血管壁を傷つけることなく薬剤を投与し続けることができるのです。
マウスを使ったテストでは、P-CARE 針が、市販の堅い針と同じレベルで薬剤を送達することができ、しかも挿入部位の炎症を大幅に低減させると分かりました。
そして、この新しい注射針のメリットは、損傷・炎症リスクの低減だけではありません。
ガリウムは過冷却(凝固点まで冷えても固体化しないこと)となる傾向が非常に強いです。
そのため、新しい注射針の軟化プロセスは不可逆であり、患者の身体から引き抜かれた後に冷えたとしても針は柔らかいままです。
この性質により、世界中で生じている針刺し事故(使用済みの針で医療者自身を刺してしまうこと。感染症の原因となる)や、悪質な医療機関による「使用済み注射針の再利用」を防ぐことができます。
研究チームは、「従来の注射針に関連する多くの世界的な問題を解決できる」と述べています。
「柔らかくなる注射針」は、私たち患者だけでなく、多くの医療従事者にとっても、より安全で優しい針なのです。
参考文献
An intravenous needle that irreversibly softens via body temperature on insertion
https://news.kaist.ac.kr/newsen/html/news/?mode=V&mng_no=32630
Safer P-CARE intravenous needle softens once inserted into body
https://newatlas.com/medical/soft-flexible-p-care-intravenous-needle/
元論文
A temperature-responsive intravenous needle that irreversibly softens on insertion
https://www.nature.com/articles/s41551-023-01116-z