量子もつれは時間を超えるのでしょうか?
英国のケンブリッジ大学(University of Cambridge)で行われた研究によって、量子の世界では未来で行われる観測の力で、過去の観測結果をタイムトラベルしたかのように捻じ曲げられることが示されました。
SFでは、過去を変えるためにタイムマシンに乗って過去の世界に行くことがあります。
これまでの研究では、そのような時間遡行が行われた場合に使用される原理や、祖父殺しのパラドックスを避ける方法などが考察されてきました。
一方、今回の研究では「量子もつれのシステムがタイムトラベルだった場合」を想定したシミュレーションが行われており、粒子が時間を遡行できた場合に何が起こるかが調べられました。
結果、量子もつれの操作によって、時間遡行のような結果を導けることが示されました。
研究者たちはプレスリリースにて「ギャンブラーや投資家たちも、場合によっては過去の行動を遡って変更し、現在の結果を改ざんできる」と述べています。
しかし、なぜ量子もつれはタイムトラベルのような現象を引き起こせるのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年10月12日に『Physical Review Letters』にて公開されました。
目次
- 「量子のもつれ」は観察するまで宇宙に情報が存在しない
- 未来の観測結果が過去の観測結果を変えてしまう
- 量子もつれはタイムトラベルとして解釈できるのか?
「量子のもつれ」は観察するまで宇宙に情報が存在しない
ギャンブルや投資をする人々は、しばしば、後から考えると最適とは言い難い行動をとってしまいます。
どんな選択が最適で、最終的な結果がどんなものかは、多くの場合、全てが終了した後でなければわかりません。
ギャンブルや投資を行う段階でもある程度の情報は存在しますが、未来になって得られる確かな情報と比べると、弱い情報であると言わざるを得ません。
私たちの世界では、時間の矢は常に一方に流れているため、未来人でもない限り、未来の情報を使って過去で儲けることはできません。
しかし量子の世界では、時間は思ったほど頑固ではありません。
量子の世界でも「原因と結果」を繋げる因果律は存在しますが、原因と結果の関係は私たちが知る常識とは異なり曖昧です。
量子の世界では原因が結果を導くだけでなく、結果が原因に干渉するかのような、奇妙な挙動が見られる場合があるのです。
その代表的な現象が「量子もつれ」です。
現実世界の男女カップルのそれぞれが東京と大阪にランダムに配置されるとき、東京にいるのが男性ならば、大阪にいるのは女性であることが確定します。
男女のどちらが東京にいるかは、観測されようとされまいと既に決まっており、観測はそれを確定させる手段に過ぎません。
しかし両者の間で量子もつれが起こると、状況は大きく変わります。
観測が行われる前の段階では、男性あるいは女性がどちらにいるかの情報は、まだ確定していません。
観測が行われてはじめて、東京にいるのが男性という情報が生成され、その影響は瞬時に伝達(テレポート)されて「大阪にいるのは女性」という情報が生成されます。
「観測されるまで情報が存在しない」というと奇妙に思えるでしょう。
実際、アインシュタインのような天才物理学者も、かつてはこの考えにどうしても賛同できなかったことが知られています。
しかし多くの実験が行われた結果、本当であることが判明し、証明に携わった研究者たちはノーベル物理学賞を受賞しました。
ですが量子もつれの奇妙さはこれだけではありません。
量子もつれには時間軸においても常識外れの現象、すなわちタイムトラベルを思わせる挙動が知られているからです。
未来の観測結果が過去の観測結果を変えてしまう
たとえば一方が右回転ならば他方は左回転という、量子もつれにある2つの粒子Aと粒子Bが用意され「粒子A」だけを友達に送ったとします。
そして手元に残った「粒子B」に対して、量子もつれを破壊しない程度の、弱い測定を行います。
すると粒子Bに関して、回転方向を示すいくつかの観測結果が得られます。
(※なおここでは粒子Bは左回りの可能性が高いとします)
また観測の方法は何通りも存在しており、ときには9割9分の確率で粒子Bが左回りという結果が得られることもあります。
こうなると(当然ながら)友人に送られた粒子Aは、右回りの可能性が高くなります。
通常のギャンブルならば、この1度目の観測で「ほぼ確定」と判断し、お金を賭ける人もいるでしょう。
しかし粒子Bが自分の手元にあるなら、この結果を覆すことが可能です。
粒子Bが左回転である証拠が数多く得られていても、量子もつれが破壊されておらず、まだ宇宙にはどちらが右回転か左回転かの情報は存在していないからです。
そのため、ある意味でインチキのような手法が可能になります。
1度目の観測が終了した後、粒子Bの観測から得られた情報などをもとに、絶対に粒子Bが右回転という「1度目と逆の結果」しか得られない観測装置を作成し、2回目の観測を行うのです。
2回目の観測が1度目の観測と違うのは、2回目の観測が量子もつれを破壊するのに十分な威力を持っている点にあります。
そのため事前に9割9分左回転という結果を得ていても、この八百長まがいの装置を通して観測された粒子Bは必ず右回転になってしまいます。
すると友達の元では、粒子Aが左回転として生成され、確定することになります。
つまり2回目(未来)に行った観測が、1回目(過去)に行った観測の結果を変えてしまったのです。
1回目の過去に行った観測がどんなに精度が高くても、2回目の未来に行った観測を恣意的に行うことで、最終的な結果をコントロールできるのです。
宇宙に情報が出現する前の観測結果は、どんなに奇妙でも、因果律を脅かす存在にはなりません。
そのため、理屈の上では因果律は崩れずに済みます。
この実験結果は量子力学の中でも特に直感に反する現象として考えられています。
量子もつれはタイムトラベルとして解釈できるのか?
そこで今回、ケンブリッジ大学の研究者たちは、量子もつれが持つ曖昧さについて、新たな検証を行うことにしました。
この未来の観測が過去の観測結果を変えてしまうという結果を、本当にタイムトラベルが可能であると仮定した場合でシミュレートしてみたのです。
実際のシミュレーションでは、上のような時間遡行可能な量子もつれ回路が形成されました。
すると、4回に1回の確率で、未来で行った恣意的な観測によって、過去の測定結果を変更できることが示されました。
そのため研究者たちは、過去に起こった出来事を未来に変更することは、物理学の法則に違反しないと結論しました。
また研究者たちはこの結果について、プレゼントを贈る場合を例に説明しています。
友達にプレゼントを贈るのに3日かかるとすると、3日後に届くには必ず1日目に送る必要があります。
ただし、友達が本当に欲しいものを記した「欲しいものリスト」が公開されるのが2日目になってからだとします。
そうなると、普通はもう手遅れです。
しかし量子もつれの仕組みをタイムトラベルに見立てて利用した場合、計算上、25%の確率で既に送ったはずのプレゼントの中身を変更できるのです。
その方法は、先に述べた通り、量子もつれにある手元に残った粒子Bに対する、恣意的な観測です。
たとえばズボンとシャツのプレゼントボックスが量子もつれにあるとき、友達が欲しいものがズボンなのにシャツを送ってしまった場合、手元に残ったズボンが絶対にズボンにならない観測装置を使うと、25%の確率で内容が変更され、友達にズボンが届くようになるのです。
量子もつれにある両者に対する観測の方法を変えるだけで、過去の結果に干渉できるとする理論は、非常に魅力的と言えるでしょう。
しかし送る時(1度目の観測)ではシャツだったはずのものが、ズボンになるのは、なぜなのでしょうか?
最大の理由は、1度目が弱い観測であり、多くのノイズや不確かな情報を含んでいる点にあります。
ただ実際には、2回目の観察が行われたことで、1回目の弱い観察のときにシャツだと思っていた特徴が再解釈され、ズボンの特徴だったことが「判明する」と考えられます。
そして1度目の観察結果は最終的結論に矛盾するものではなく、2度目の観察結果の別の側面が現れたに過ぎない、ということになってしまうのです。
この歴史の修正力とも言える強引な帰結は、どんなに対策を施しても、防ぐ方法がありません。
おそらく調べれば調べるほど、1度目の観察結果が実はシャツではなくズボンだった証拠が増えていくことでしょう。
あるいは1度目の測定結果は、2度目の強い測定では見られない結果が集約されたものになる可能性もあります。
なんらかの修正力が働き、矛盾が矛盾でなくなるのは非常に興味深い現象と言えるでしょう。
もしかしたら現実の因果関係や時間の流れは、私たちが直感的に理解しているものとは異なる、もっと別の存在なのかもしれません。
参考文献
Simulations of ‘backwards time travel’ can improve scientific experiments https://www.phy.cam.ac.uk/news/simulations-backwards-time-travel-can-improve-scientific-experiments元論文
Nonclassical Advantage in Metrology Established via Quantum Simulations of Hypothetical Closed Timelike Curves https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.131.150202