孤独は本物の毒をうみだします。
産総研(産業技術総合研究所)で行われた研究により、1匹で生きていくことを強いられた孤独アリは体内で有毒な活性酸素が蓄積して異常行動や寿命の短縮が起こることが示されました。
これまで人間や昆虫など社会性のある動物にとって、孤独が健康状態を悪化させるという報告が数多く行われてきましたが、実際の体内でどんな変化が起こっているかは不明でした。
また今回の研究では孤独アリに対して抗酸化物質の投与が行われており、孤独による悪影響が大きく緩和されたことが示されました。
これまで孤独がもたらす悪影響について多く研究がなされてきましたが、悪影響を除去する方法にまで踏み込んだ本研究は、非常に重要であると言えます。
しかしそもそも、なぜ孤独になると体内で毒が生成されるようになるのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年9月27日に『Nature Communications』にて公開されました。
目次
- 孤独は命を削る毒となる
- 抗酸化剤を使うと孤独の悪影響を緩和できる
孤独は命を削る毒となる
社会性を持つ動物を孤独にしたら何が起こるのか?
この問題は古くから多くの生物学や社会科学者の関心を集めてきました。
最初期の仮説では、孤独であってもなくても、適切なエサと住環境があれば動物の健康状態に変化はないと考えられてきました。
社会性や孤独は単に動物の置かれた状況を説明する単語に過ぎず、動物の生命活動そのものに影響を与えるとは考えられていなかったからです。
ですが、この推論は直ぐに間違いだと分かります。
社会性を持つヒトやマウス、アリやハチなどは孤独な状況になると、たとえ食べ物や環境が十分に恵まれていても、健康状態が悪化することが判明します。
社会性のある動物にとって、孤独は命を削る毒として作用していたのです。
特に孤独による寿命短縮は「昆虫から人間」に至るまで一貫してみられる現象であり、背後になんらかの共通の仕組みが存在すると考えられています。
そのため、もしこの「共通の仕組み」を解明し薬などでブロックすることができれば、孤独な状況にある人々の健康に、大きなプラスになると期待されています。
そこで今回、産総研の研究者たちは社会性を持つアリを使って、孤独がどんな生物学的な変化を及ぼすかを調べることにしました。
調査にあたってはまず1匹で飼育される「孤独アリ」と10匹で飼育される「グループアリ」が用意され、同じような住環境が提供され、行動の違いが比較されました。
するとグループアリが安全な巣の内部で過ごす時間が多かった一方、孤独アリは多くの時間を周囲の壁の近くで過ごしていることが判明しました。
また1秒あたりの移動速度や1日あたりの移動距離を比較したところ、孤独アリの方が移動速度が速く、移動距離も長くなっていることが示されました。
つまり孤独アリは1日の多くの時間を、巣から離れて、壁に沿うように高速で長い距離を歩き回っていたのです。
この結果は、孤独な状況に置かれたアリは十分なエサや住環境があっても、集団生活をしているアリにはみられない異常な行動パターンをとることを示しています。
次に研究者たちは観察に使ったアリたちの体内でどんな遺伝子が働いているかを調べました。
すると孤独アリはグループアリに比べて407個の遺伝子の活性化と、487個の遺伝子の抑制が行われていることが判明します。
この結果は、孤独はまず遺伝子の活性パターンを大きく変えてしまうことを意味しています。
また活性が変化した遺伝子がどんな役割をしているかを調べたところ、孤独アリでは酸化ストレスにかかわる遺伝子群に、大きな変化があることが判明。
特に活性酸素を生産する酵素の遺伝子(Duox)が孤独アリの体内で劇的に活性化しており、孤独アリの体内は有毒な活性酸素が多くなっている可能性が示されました。
また興味深いことに、孤独アリの活性酸素の生産量と壁際で過ごす時間を比較したところ、活性酸素の生産量が多い孤独アリほど、壁際に滞在する時間が多くなっていることがわかりました。
ではこの活性酸素を除去すれば、孤独の悪影響を減らせるのでしょうか?
抗酸化剤を使うと孤独の悪影響を緩和できる
孤独が有毒な活性酸素を蓄積させるなら、除去することで悪影響も払しょくできるのか?
答えを得るため研究者たちは、孤独アリの体に抗酸化物質を投与することにしました。
抗酸化物質は活性酸素をはじめとした酸化ストレスを減らす効果が知られています。
結果、抗酸化物の投与によって孤独アリの寿命短縮量が有意に緩和され、生存率が大きく上昇すると判明。
また抗酸化物質の投与は孤独アリの早い移動速度や長い移動距離には影響を与えませんでしたが、壁の近くに滞在する時間を大きく減らしたことがわかりました。
さらに、アリの体のどの部位で活性酸素が取り除かれることが重要かを調べたところ、意外な結果が得られました。
一般的に行動パターンの制御は脳で行われるため、脳の活性酸素を取り除くことが重要だと思われていました。
しかし、実際には、脳や消化管から活性酸素を取り除いても変化はみられず、代わりにアリで肝臓の働きをする部位(脂肪体)で活性酸素が除去されると、寿命短縮や行動異常の緩和が確認されました。
この結果は、孤独アリの寿命を短縮させたり異常行動を起こしたりするのが、アリの脂肪体に蓄積した活性酸素であることを示しています。
一方、グループアリに抗酸化物質を投与した場合、寿命を延ばす効果はみられず、むしろ短縮される傾向がみられました。
以前に行われた研究でも、孤立したげっ歯類で酸化ストレスが増加することが報告されています。
そのため研究者たちは、酸化ストレスが孤独による行動や寿命の変化を、種を超えて引き起こしている可能性があると結論しています。
もし同様の仕組みが人間にある場合、適切な臓器への抗酸化剤の投与で、孤独の悪影響を緩和できるかもしれません。
孤独から脱するには友達を作ったりコミュニティーに属することが有用ですが、自閉症をはじめとした精神疾患の影響で、社会的接触に困難を感じる人も存在します。
そのような人々から孤独の悪影響を取り除くには、薬物を使ったアプローチが有効になる可能性があります。
今回の研究は、以前ナゾロジーと産総研のコラボで取材をさせていただいた古藤日子(ことう あきこ)さんが参加する研究チームの最新報告です。
参考文献
アリはなぜ1匹で生きられないのか? https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2023/pr20230927/pr20230927.html元論文
Social isolation shortens lifespan through oxidative stress in ants https://www.nature.com/articles/s41467-023-41140-w