クリスタル・スカル、またの名を水晶髑髏とは、人間の頭蓋骨を模した半透明の水晶を精巧に彫刻した工芸品です。
この工芸品については「オーパーツ(out-of-place artifacts=場違いな工芸品)」という呼び名で認識している人たちがほとんどでしょう。
その理由はクリスタルドクロが、アステカやマヤといった先コロンブス期の文明が古代に作ったされていますが、あまりに精巧なため当時の技術ではどうやっても作ることが不可能だったはずだとされているためです。
謎めいた古代文明の超技術と言われると、私たちはロマンを感じてしまいますが、実際のところこのようなオーパーツは科学的にはどのように理解すれば良いのでしょうか?
本当にあり得るはずのないものが存在するという理解の仕方で良いのでしょうか?
今回は、世界中に点在するクリスタル・スカルがなぜこれほどまでに世の中の人々を魅了してきたのか、そしてその真実は何なのかを解説します。
目次
- クリスタル・スカルの歴史
- クリスタル・スカルは誰が何のために作ったのか
- なぜ多くの人々はオーパーツとして受け入れたのか
クリスタル・スカルの歴史
オーパーツは古代の遺跡などから発見された工芸品が、その発掘年代の技術で作れるはずがないと判断された場合に主張されるものです。
例えば、古代人が恐竜の土偶や彫刻を作っていた場合、知りうるはずのない知識が記録された遺物としてオーパーツと呼ばれます。
クリスタル・スカルは3000年以上昔の文明によって作られたと主張されていながら、これを当時可能だったと考えられる研磨技術で作ろうとすると数百年近い時間がかかることから制作は不可能だったと結論されています。
また現代の加工技術を使って作られた痕跡は無く、遺跡から発掘されているため捏造の可能性も低いと主張されています。
こうして聞くと確かにクリスタル・スカルはオーパーツと呼ぶべき不思議な工芸品に思えますが、多くの場合、不思議な問題とは情報が矛盾していることで起こります。
つまりロマンに浸らず、誤った主張を洗い出せばオーパーツは科学的に解決できる場合が多いのです。
それを踏まえて現在までに見つかっている有名な4つの水晶髑髏について、どのような経緯があったのかその歴史を見ていきましょう。
1.「ヘッジス・スカル」
クリスタル・スカルの中でも最も有名なものは、アンナ・ミッチェル・ヘッジスという女性が発見したとされる「ヘッジス・スカル」です。
彼女は1924年〜1927年、冒険家である父親に同行し、ベリーズ(中央アメリカ北東部の国家)のルバアントゥン遺跡の倒壊した祭壇の下でこの髑髏を発見したとされています。
ヘッジス・スカルは、「破滅の髑髏」とも呼ばれていました。それはミッチェル・ヘッジスが「この髑髏は3600年以上前のもので、かつてはマヤの高僧の所有物であり、その高僧は髑髏の魔力によって他者を死に追いやることができた」と主張していたことからきています。
しかし、ヘッジス・スカルは本当に3600年以上も前のものなのでしょうか。
ヒューレット・パッカードの研究所が1970年代に実施した調査では、「道具による加工痕がなく、ひびも入っていない。制作年代は不明である」との結果でした。また、当時は人力による手作業で作成するには300年以上かかるとも言われていたため、「場違いな工芸品」、所謂オーパーツではないかと言われるようになったのです。
しかし、2008年4月にスミソニアン研究所が行った精密な調査では、表面にダイヤモンド研磨剤などの近代技術による加工跡が確認され、制作されたのは「近代」であることが判明し、ベリーズの遺跡で発掘されたものではないと結論付けられました。
また、アンナ・ミッチェル・ヘッジスは1924年〜1927年の間にこの髑髏を発見したと主張していますが、その主張は1940年代以降に始まったものであり、実際にルバアントゥン遺跡でこの髑髏が発見されたという記録は残っていません。
さらに1943年、彼女の父親がオークションでイギリスの骨董商のシドニー・バーニーという人物から購入したという記録が残っていたのです。
以上のことから「ヘッジス・スカル」は、彼女が利益や名声を得るために利用したものであると考えられています。
2.大英博物館のクリスタル・スカル
次に、現在大英博物館に所蔵されているこのクリスタル・スカルの歴史を追ってみましょう。
この髑髏は1881年にパリの古物商、ユジーン・ボバンという人物が所有していた記録から始まります。
当時、ボバンはこの髑髏をアステカの工芸品であるとし、メキシコの国立博物館に売却しようと試みましたが、その目論見は失敗します。
その後、ボバンはパリからニューヨークに事業を移転し、この髑髏はジョージ・H・シソンという人物に売却されました。
1887年、ニューヨークの米国科学進歩協会の会合で公開された後、オークションでティファニー社がこの髑髏を購入し、1897年に大英博物館に売却しました。
この髑髏は、ヘッジス・スカルとよく似ていますが、細部はヘッジス・スカルほど精密には作られていません。
大英博物館はこの髑髏について、19世紀のヨーロッパ起源であるとし、「先コロンブス期の本物の工芸品ではない」と記述しています。実際、この髑髏はヘッジス・スカル同様、現代の技術を使って作られたことが確認されており、古代のものではないことが明らかにされています。
3.パリのクリスタル・スカル
パリのクリスタル・スカルも大英博物館のクリスタル・スカルと同様に、古物商、ユジーン・ボバンが所有していたことが明らかとなっています。
ボバンはこの髑髏を他の2つの小さな頭蓋骨と一緒に売却し、最終的にフランス・パリにあるケ・ブランリ美術館に収蔵されました。この美術館では世界各地の先住民族の芸術と文化を展示しています。
この髑髏は、フランス美術館研究修復センターによって科学的な調査が実施され、明らかに現代の工具が使用された形跡があると結論づけられました。つまり、この髑髏も先コロンブス期のものではないのです。
4.スミソニアンのクリスタル・スカル
スミソニアン博物館に収蔵されているクリスタル・スカルは、1992年7月、匿名の寄贈者から博物館に送られてきました。この髑髏はイギリスやパリの類似品よりも一回り大きく、さらに独特なのは、その内部が空洞である点です。
寄贈者は、「この髑髏はアステカのものであり、かつてのメキシコの独裁者、ポルフィリオ・ディアスが所有していた」と主張しました。
しかし、この髑髏にも科学的調査が行われると、20世紀以降にしか存在しないカーボランダム(炭化ケイ素)という研磨剤が検出されました。この髑髏もまた、先コロンブス期のものではなかったのです。
以上4つの有名なクリスタル・スカルを紹介しましたが、世界には他にもさまざまなクリスタル・スカルが存在しており、そのほとんどは個人のコレクターが所蔵しています。他の髑髏の中にも、マヤ文明の神官が所有していたなどの伝承がある髑髏がありますが、先コロンブス期に作られた証拠が提示されたものは存在しないようです。
つまり多くの人たちがオーパーツの代表だと思っているクリスタル・スカルは、実際には19世紀以降に作られたものばかりなのです。
しかし、なぜ似たような水晶髑髏が、それほどたくさん存在しているのでしょうか?
クリスタル・スカルは誰が何のために作ったのか
そもそもこれらのクリスタル・スカルは、誰がどうやって、何のために作ったのでしょうか。
まずは素材に着目してみます。
いくつか存在するクリスタル・スカルは、その名の通り水晶から作られています。
水晶とは二酸化ケイ素が結晶化した鉱物の中でも、特に透明度が高い石英のことを言います。
地質学者のアーネスト・ブラウンという人物は、「ヘッジス・スカルに使われた水晶は、大きな結晶が大量に産出するブラジルで産出されたものだ」と考えました。
組成の調査結果においても、マダガスカルとブラジルでのみ発見されている含有物があることから、先コロンブス期以前のアステカでは入手できないものであったことが示唆されています。
そして、これらのクリスタルの加工には回転砥石が使われていました。
19世紀にこの技術を用いて高い水準で宝石をカット、研磨できたのは、ドイツの宝石産業や彫刻で有名なイダー=オーバーシュタインという町の宝石職人だと考えられています。また、この町は輸入したブラジル産の石英を使った工芸品の製造で有名でした。
以上のことから、クリスタル・スカルはイダー=オーバーシュタインで製造された工芸品が売り出され、出回ったものと考えられます。
クリスタル・スカルに関するオカルト的主張
クリスタル・スカルには神秘的な力があると主張する人々がいます。
中でも、「世界中にある13個のクリスタル・スカルをマヤ暦の最終日である2012年12月21日に並べることで世界の滅亡を防ぐ」といった2012年人類滅亡説と関連付けられた話題は記憶にある人もいるのではないでしょうか。
他にも、病気や怪我を治癒する、古代の知識が眠っている、未来を予知する力があるなど、多数の非科学的な主張がされています。
これらの主張はもちろん科学的な根拠がなく信憑性はありませんが、それでもなお、これらのオカルト的な主張が尽きないのはクリスタル・スカルがもつ魅力からなのかもしれません。
なぜ多くの人々はオーパーツとして受け入れたのか
しかし、なぜクリスタル・スカルがオーパーツとしてここまで有名になったのでしょうか。
それは、いくつかの背景が複合的に絡み合ったことに理由があると考えられます。
まず、その起源が不明確であった点が神秘的なイメージを高めました。特にメソアメリカの古代文明に由来すると広く信じられていたことがこの神秘性に拍車をかけています。
クリスタル・スカルには超自然的な力が宿っているというオカルト的な主張も、この遺物が単なる人工物を超えた何かとして認識される重要な要因です。このような主張は、古代の遺物や神秘的な力に対する人々の一般的な興味と相まって、クリスタル・スカルに独特の魅力を与えました。
不明確な起源、オカルト的な主張、メディアの影響などの要素が総合的に作用し、クリスタル・スカルが世界中で知られるオーパーツとなったのです。
近年では「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」といった映画作品が公開されたことも、この神秘的な遺物の一般的な認知度の高さを象徴しています。
クリスタル・スカルの真実
クリスタル・スカルは結局のところ、ドイツの宝石職人が製造した工芸品のひとつでした。
しかし、世界中で多くの人を魅了するクリスタル・スカルは、単なる工芸品を超えた「文化的アイコン」なのかもしれません。
科学的な証拠は、しばしばオーパーツなどのロマンを打ち消すことがあります。
しかし逆に、古代のロマンに思いを馳せる人々は、しばしば科学的証拠を覆い隠してしまいます。
クリスタル・スカルはこれら数々の逸話に魅力を感じた人々が、故意にがっかりなオチとなる部分を隠して広めたことで、不思議なオーパーツとして広まりました。
もしかしたら、ここまで説明を聞いても、まだ本物がどこかに紛れているんじゃないかと考える人もいるかもしれません。
そうした古代のロマンに浸りたい人々の心がオーパーツ「クリスタル・スカル」を生み出したと言えるでしょう。
事実を知ってもなお想像力と興味をかきたてる魅力は、これからも人々の心に刻まれていくのかもしれません。たとえそれが嘘だったとしても。
参考文献
the controversial history of the crystal skulls: a case study in interpretive drift
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17432200.2015.1059128
The origins of two purportedly pre-Columbian Mexican crystal skulls
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0305440308001052
ライター
榊田純: (さかきだ じゅん)動物、歴史・考古学、地球科学など、身近な疑問からロマン溢れる話題まで広く興味があります。どなたにでもわかりやすい記事を書くのが目標。趣味は映画、ゲーム、ウォーキング、ホットヨガ。とにかく猫が好き。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。