ハエにも遊び心があったようです。
ドイツのライプツィヒ大学(UL)で行われた研究によって、無脊椎動物であるショウジョウバエが、自発的に繰り返し、回転するメリーゴーランドのような台に乗り続けることが判明。
ハエたちがこの動きに何らかの魅力を感じて、遊びを行っている可能性が示されました。
これまで「遊び」は限られた高度な動物でしか見られないユニークな現象だと思われていましたが、もしかしたら幅広い動物種に存在する普遍的な行動なのかもしれません。
しかし研究者たちはハエたちの行動が「遊び」であるとなぜ見抜くことができたのでしょうか?
そして生物が遊びを行う背景には、いったいどんなメリットが潜んでいるのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年8月4日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。
目次
- ハエもメリーゴーランドに乗ると楽しくなっちゃうと判明!
- 遊びの隠された重要な役目
ハエもメリーゴーランドに乗ると楽しくなっちゃうと判明!
人間の行う遊びに似た行動は、犬や猫をはじめとした幅広い脊椎動物にみられます。
動物たちが行う遊び行動は「おいかけっこ」「じゃれ合い」など多彩ですが、いくつかの共通する特徴があります。
その特徴とは①「生存に直接関係しない」一見すると無駄なものでありながら②「自発的かつ意図的」つまり強制されたものではないこと、③理屈では説明できない「非論理的」であること、④「繰り返されるが常には行わない」もの、⑤「ストレスからの解放」が起こる場合もあること、となっています。
これらの特徴を持つ遊びは多くの種で確認されており、最近ではラットにおいて「遊び心」を司る専門の脳回路があることも判明しました。
一方、昆虫などの無脊椎動物における「遊び」は解明が遅れていました。
これまでの研究でマルハナバチなど一部のミツバチにも「玉転がし」のような物体を使った遊びが存在することは報告されてはいました。
しかし遊びは物体にアクションを仕掛ける以外にも、走ったりジャンプしたり、またはブランコやジェットコースターのように自分の体を積極的に動きの中に投じる「運動遊び」も存在します。
(※ハムスターが回し車の中で走るのも運動遊びの一種と考えられます)
脊椎動物では物体に対する遊びと運動遊びのどちらも確認されていますが、これまで無脊椎動物では「運動遊び」が確認されたことはありませんでした。
そこで今回ライプツィヒ大学の研究者たちはショウジョウバエにメリーゴーランドのようにクルクル回る「回転台を備えた飼育ケージ」を提供し、何が起こるかを調べることにしました。
結果、多くのハエたちは回転台に何度も積極的に出入りしていることが判明。
特に「探索者グループ」と名付けられたハエたちはケージの滞在時間の5%以上を回転台の上で過ごしており、一度回転台に乗ると5分以上、周りながら過ごすこともありました。
回転台への出入りはハエにとって自由に行えるものであり、明らかに自発的かつ意図的な行動でした。
そして回転台に乗ることは生存に直接関係なく、乗る理由も理屈では説明できないものです。
そのため研究者たちはハエたちは回転台に乗ることを遊びとして楽しんでいると結論しました。
一方、なかには回転台が嫌いなハエがいることも明らかになりました。
「回避者グループ」と名付けられたハエたちは「探索者グループ」と違って明らかに回転台を避けており、回転台に乗る頻度も上で過ごす時間も少なくなっていました。
研究者たちは、メリーゴーランドやジェットコースターに対して好きな人間と嫌いな人間がいるように、ハエたちも回転台を使った遊びに積極性の違いが出ていると述べています。
次のページでは「遊び」の隠された意味について近年の研究結果を踏まえて解説したいと思います。
遊びの隠された重要な役目
今回の研究でハエのような昆虫にも運動遊びが存在することが判明しました。
この結果は遊びは無脊椎動物・脊椎動物を問わず、幅広い種で見られる共通の現象であることを示しています。
また、これほど幅広い種に遊びがみられるという事実は遊びには何らかの重要な効果がある可能性を示します。
特に多くの遊びが動物たちの幼い時期にみられるという事実は見過ごせません。
そのため近年では「遊び」は危機的状況のシミュレートや感覚の訓練のために行われていると考えられるようになってきました。
たとえば犬、猫などにみられる「追いかけっこ」や「じゃれ合い」は天敵からの逃走や獲物の追跡を、安全な環境で再現することを可能にします。
同様に「けんかごっこ」もライバルとなる相手との争いを再現したものとなっています。
危機的状況や争いを繰り返しシミュレートすることで、遊びは間接的に動物たちの生存能力を底上げしていたのです。
また今回のような回転台に乗る遊びにも、有益な効果があると考えられています。
自分が経験したことのない動きを安全に体験することで、私たちは自らの内部感覚の予測を正しく行えるようになるからです。
ジェットコースターに乗ったことがある人は乗ったことがない人に比べて、高い場所から落下する感覚を知っています。
現在の文明社会でジェットコースターに乗った経験が生存可能性にかかわることはほとんどないのは事実です。
しかし厳しい自然環境では、自分が回っている、あるいは、落ちているという状況を瞬間的に認識できるかが生存に直結することもあります。
またこれまで行われてきた研究によって、人間は遊びを行っている時に最も創造的になることが判明しています。
安全と危機という2つの要素が組み合わさった遊びには、脳を独特な状態にする不思議な作用があるのでしょう。
研究者たちは今後、ハエの神経細胞を観察し、遊びを推進する脳回路の存在を確かめたいと述べています。
もし遊びを司る脳回路を自由に操作できる薬が開発されれば、創造力のブーストや認知症患者のリハビリなど幅広い用途に利用できるでしょう。
元論文
Seeking voluntary passive movement in flies is play-like behaviorhttps://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.08.03.551880v2