人間と共に生き、我々の生活を支えてくれている動物はたくさんいます。
そんな家畜化した動物の中でその歴史が一番古いのはイヌで、10000年以上前から人間と生活を共にしてきました。
そしてイヌに次いで家畜化の歴史が長いのは、意外なことにウマでもウシでもなく、ネコなのです。
しかし、ご存じの通り勝手気ままなネコは家畜化の度合いも他の動物と少し異なります。
この記事では「家畜化」というのがそもそもどういう現象なのか、家畜化で変わるものを紐解いていくと共に、ネコの特殊な家畜化事情についてご紹介します。
目次
- 動物の「家畜化」とは?
- ネコの特殊な「家畜化」
動物の「家畜化」とは?
家畜とは人間が利用するために飼育している動物を指します。
動物の家畜化は「人間が飼育できるような状態になること」を指しますが、単なる人慣れではありません。
人慣れは種全体ではなく1個体で起こりうるもので、家畜化していない野生動物、例えばオオカミなどでも訓練すれば人間に慣れてくれることがあります。
しかし、野生動物の場合、人慣れした個体が生じたとしてもその子どもが人慣れした状態では生まれません。
それに対し、その「人間と暮らせる」性質が子にも受け継がれるのが「家畜化」です。
つまり家畜化では遺伝子の変異が伴うことになります。
人間は長い歴史の中で様々な動物について、従順で利用できる性質を持った個体同士をかけあわせ、同じ性質を持つ個体が生まれるように工夫してきました。
そうして家畜化した動物たちは、野生動物とは異なる遺伝子を持つ動物に変化していったのです。
家畜化で変わるもの
家畜化した動物は野生動物とどのような点が異なっているのでしょうか?
まず欠かせないのがその気性の変化でしょう。
家畜動物の場合、野生動物のように人間に対して危害を及ぼさず、ある程度従順でなければ一緒に暮らすことはできません。
また、体の部位の大きさや繁殖/成長の速さが変化した家畜動物もいます。
肉や皮革を利用する場合には、利用する部位がなるべく大きく、また質の良いものになり、繁殖や成長のスピードが野生動物より速くなることが望ましいためです。
そして、イヌやネコなど人間の生活を支え、基本的に一生を人間と共に暮らす生き物の場合にはその食性や消化器官さえ変わっていきます。
例えばオオカミはほぼ肉食で、肉以外のものは消化できなくはない程度ですが、イヌはもはや雑食です。
完全肉食動物を祖先に持ち、現在も肉食と言われるネコですら、野生であった頃からすると腸が伸びており、穀物類も消化できるようになっています。
肉は人間に欠かせない食料ですし、狩りや漁によってしか得られず、いつでも手に入るわけではありません。
イヌやネコにはある程度量が確保されている穀物も肉とともに与えられ、そんな食生活に適応するために内臓も変化していったと考えられます。
家畜化で変異する遺伝子数は動物による
家畜化するとどのように遺伝子が変異するのか、これまで様々な動物について研究が行われています。
例えば、イノシシとブタについて遺伝子を調査したところ、イノシシにはないブタ特有の遺伝子型が41種類見られました。
オオカミからイヌへの家畜化でも36個の遺伝子が変異したと言われています。
家畜化で変わったものは動物によって異なるため、遺伝子の変わり方はばらばらです。
しかしそんな中でも、ネコの家畜化の遺伝子変異は一線を画しています。
イエネコの先祖であるリビアヤマネコとイエネコの遺伝子を調査すると、遺伝子変異が見られたのはわずか13個でした。
イヌに次いで長い歴史を持つ家畜動物であるはずのネコは、遺伝子的にみると野生のリビアヤマネコとほんの少ししか変わらなかったのです。
ネコはどうして家畜化の過程であまり遺伝子変異が起こらずに済んだのでしょうか?
ネコの特殊な「家畜化」
他の家畜動物に比べ、ネコの遺伝子変異が少ない理由は、人間とネコの関係性にあると言われています。
人間は、穀物をネズミから守るためにネコと暮らし始めましたが、ネコに求められた「ネズミを狩る」という行動はネコに元から備わった本能です。
イヌのように特定の動物を襲うような複雑な指示をされるわけでもなく、ネズミが多くいる場所に連れて来られただけで、ネコの認識としては自由に狩りをしているに過ぎません。
ネコにとっては「人間と一緒に暮らす=ネズミの多い場所に住める」といった感じで家畜化というよりはただの「利害の一致」だったのでしょう。
リビアヤマネコが体重5㎏程度と小さく、そもそも人間を襲うような生き物ではなかったことも大きな要因と考えられます。
ネコは人間と暮らす上で、あまり「変わる必要がなかった」のです。
ネコは家畜化してどう変わったか?
とはいえ、遺伝子変異に現れている通り、もちろんネコにも家畜化によって変わった部分があります。
ただ、他の家畜動物の多くが「人間が利用しやすいように」変化しているのに対し、ネコの場合は少し事情が異なっているようです。
まず1つめの変化は「脳の萎縮」です。
イエネコの脳はリビアヤマネコと比べるとかなり頭蓋容積が小さいことがわかりました。
これはイヌやウサギといった他の家畜動物でも見られている傾向です。
家畜動物は人間からある程度安全な環境が与えられることで、他の動物に襲われる危険性や必死に狩りを行う必要性がなくなるため、脳が萎縮すると考えられています。
また、ネコが家畜化したことでもっとも大きく変化したのが鳴き声です。
大人のヤマネコは捕食者や餌となる小動物に気づかれないようにほとんど声を出すことがありませんが、イエネコは大人になってもよく鳴きます。
鳴き声の音もイエネコはヤマネコと比べて短く高くなっていて、人間にとって心地の良い音に変化しています。
また、ネコが甘えて「ぶるるんぶるるん」と大きく喉を鳴らすとき、その音は人間の赤ちゃんの泣き声と似た周波数帯です。
人間はこの周波数帯の音を聞くと「助けてあげなくちゃ」という本能が働きます。
つまり、家畜化の過程でイエネコは人間を効果的に動かすための鳴き声を習得しているのです。
ネコの家畜化は人間を動かして暮らすための「進化」なのかも
かつてはネズミ捕り目的で飼われていたネコですが、今やほとんどが愛玩目的で飼われています。
自分がネズミを狩るよりも、人間から食料を得た方が簡単と知ったネコは人間を動かすための鳴き声を会得し、結果的に脳が萎縮しても全く問題ないくらい平和な生活を送れているのです。
イエネコへの遺伝子変異はもはや人間が動物を利用するための「家畜化」ではなく、ネコが人間を動かして生きていくための「進化」と言えるのかもしれませんね。
参考文献
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