セメントと木炭、これら日常的な物質が、未来のエネルギー供給システムの核となるかもしれません。
米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われた研究によって、セメントと安価なカーボンブラック(木炭を砕いたような物質)を使って作られた装置が、蓄電装置のコアとして働くことが示されました。
もし私たちの身の回りにあるビルや道路に使われているセメントを、炭素入りバージョンに切り替えることができれば、実質的に無尽蔵の充電装置とすることが可能です。
しかし、いったいどんな部品と組み合われれば、セメントと炭素が蓄電してくれるのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年7月31日に『PNAS』にて公開されています。
目次
- 蓄電装置の不足が無駄な電力を生み出している
- 「蓄電セメント」はビルや道路を無限の電池に変えられる
蓄電装置の不足が無駄な電力を生み出している
現在の発電システムにおける最大の問題は、作った電気を溜められないことにあります。
発電所で作られた電気は家庭や工場に直行してすぐに使われるため、常に発電量は使用量に対して余裕をもっていなければなりません。
また太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの最大の弱点は発電能力の不安定性にあるとされています。
もし日差しが強いときや風が強いときに作った大量の電力を蓄えることができれば、弱点を補えるでしょう。
ただ現状では大容量の蓄電器の開発は遅れており、使われなかった余剰電力は無駄になってしまいます。
ですが今回のMITの研究により、すべてが変わるかもしれません。
新たな研究では大量生産されているセメントを蓄電装置「キャパシタ」の一部として使用します。
そもそも電池やバッテリーがあるのに、なぜ世の中には発電所で作った電気をためておくシステムがほとんどないのでしょか?
これは蓄電装置(キャパシタ)と電池の電気の溜め方の違いに理由があります。
電池やバッテリーは化学変化を利用して電気を溜めています。物質自体を変化させながら電気を溜めるため、これはある程度利用すると、どんどん劣化してしまいます。
そのため、スマホなどのバッテリーは定期的に交換しなければなりません。このことでかなり煩わしい思いをしている人も多いでしょう。
そのため、バッテリーを社会的なインフラに利用することは困難です。
そこで、長期間運用で利用される蓄電装置がキャパシタです。
これは簡単に言えば静電気を利用した蓄電方法です。
下敷きを擦ったりすると表面にマイナスの電荷が溜まって、それが静電気になるという説明を聞いたことがあるでしょう。
キャパシタは、これと同じように、絶縁体を挟んだ2つの導体(電極)に電荷を溜めていくシステムです。
電極の間に絶縁体を挟むと、片方の電極から吸われた電子がどんどんもう片方の電極に溜まっていきます。
この状態でスイッチを開くと、電極に電子が溜まった状態で保持されます。その後、この回路を再び閉じると、今度は溜まった電子が流れ出して電気を放出することになるのです。
これは非常に単純な仕組みのため、材料が劣化するなどの問題は起きづらいので長期間安定して運用することが可能です。
ただ、このキャパシタにおける問題は、電子を大量に付着させるために導体(電極)の表面積に蓄電量が依存されてしまうということです。
これを社会的なインフラで利用しようとすると、とてつもなく巨大な導体が必要になってしまいます。
コンデンサという電子部品は、この原理で電荷を溜めておく部品ですが、筒のような形をしている理由は、表面積を増やすために内部で導体の膜を丸めて簀巻きのように格納しているためです。
しかしもし、高層ビルや高速道路のようなサイズのキャパシタを作ることができれば、ほぼ無尽蔵の電力を蓄積できます。
ただ現状、そこまで大きな電極を作る技術はありませんでした。
しかし今回MITの研究者たちは視点を変え、電極を大きくするのではなく、大きいものに電極の要素を取り込ませる方法を考えることにしました。
そこで着目されたのがセメントです。
「蓄電セメント」はビルや道路を無限の電池に変えられる
セメントは強固な建材としての機能を持っており、しかも絶縁体です。
もしこのセメントの中に上手く導体を埋め込むことができれば、ビルや道路が全てキャパシタになり、非常に巨大な蓄電が可能になります。
そこで今回の研究者たちは、セメントにカーボンブラックを混ぜることでセメント内部にキャパシタの構造を生み出せないかと考えたのです。
カーボンブラックは炭素からなる微細な黒色の粒子で、古くは文字を書くためのインクとして使われており、死海文書もカーボンブラックを用いて書かれていることが知られています。
またカーボンブラックは極めて安価で伝導性も優れています。
作業の第1段階では、このカーボンブラックをセメント粉末と混合し、水を加えます。
全体に占めるカーボンブラックの容量は3%ほどとしました。
するとセメントと水が次第に凝集し、私たちのよく知るセメントに変化しはじめます。
一方、カーボンブラックの粒子は水をはじくため、セメントが固まるにつれて内部で凝集しネットワーク状の構造を形成します。
そして最終的には強固な建材としての特性を持つセメント内部に、広い表面積を持つ炭素制の電極が形成されます。
つまり建材として使えるブロックの中に、デフォルトで電極が配置されている状態になるのです。
マインクラフトなど建設要素のあるゲームをしたことがある人ならば、セメントのブロック中に蓄電用の電極が入っているものを想像するとわかりやすいかもしれません。
この絶縁体であるセメントの中に炭素の電極が埋め込まれたブロックはビルや道路を組み立てる部品になると同時に、内部の炭素ネットワークに電子を溜め込むキャパシタとしても機能します。
こうして、このセメントで組み上げたビルや道路はそのまま巨大な蓄電装置になるのです。
次に研究者たちは、この炭素入りセメント電極を厚さ1ミリメートル、幅1センチメートル、というボタンほどの大きさに加工し、LEDと繋げてみたところ、見事ライトを点灯させることに成功しました。
炭素入りセメントがキャパシタとして機能し、電気を供給できることが示されました。
研究者たちは「この方法は規模拡大が容易であり、将来建設されるビルや道路などを巨大蓄電器にすることができる」と述べています。
またセメントとカーボンブラックと電解質などからなるキャパシタはリチウムイオンバッテリーなどと比べて遥かに安価であり、発展途上国など電力が不足している地域での活用が期待できる、とのこと。
また研究では炭素入りセメントブロックを建材として実際に使った場合、どれほどの電力が蓄えられるかも調べられています。
計算によれば、標準的な一軒家の基部に設置される45立方メートルのセメント基部を全てキャパシターに変更したとすると、平均的な家庭の1日分の消費電力(10キロワット)を蓄えられることがわかりました。
同じようにビルや道路の建設に使われるセメントを全て炭素入りの蓄電セメントにすることができれば、あらゆる建築物が蓄電器として機能し、走行中の電気自動車に電気を送ることもできるでしょう。
ただこの方法は、建材としてのセメントに異物であるカーボンブラックを混ぜています。
そのため、蓄電容量を拡張するためにカーボンブラックの比率を上げると強度に問題を起こす可能性があります。
今回の研究ではカーボンブラックを入れた場合のセメント強度についても調べられています。
結果、建材としての強度をあまり損なうことなく、混ぜられるカーボンブラックの量は最大10%であることがわかりました。
研究者たちは現在、自動車バッテリーの出力に匹敵する12ボルトのセメント電極キャパシタの作成に取り組んでいるとのことです。
参考文献
MIT engineers create an energy-storing supercapacitor from ancient materials https://news.mit.edu/2023/mit-engineers-create-supercapacitor-ancient-materials-0731 コンデンサ物語(1)=電荷を蓄えるしくみ= 元東京電機大学短期大学教授 間邊幸三郎(公益社団法人 日本電気技術者協会) https://jeea.or.jp/course/contents/01116/元論文
Carbon–cement supercapacitors as a scalable bulk energy storage solution https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2304318120