優秀な免疫遺伝子がウイルスを迅速に排除していました。
米国のカリフォルニア大学(UC)で行われた研究によって、新型コロナウイルスに感染した人々の一部が無症状だったのは、優秀な変異した免疫遺伝子のお陰であることが示されました。
この免疫遺伝子は捕らえたウイルスを免疫システムに突き出す役割を担っていますが、一部の人々では変異が起きて、より優秀な働きをするように変化していたのです。
そのためこの変異を持つ人々は新型コロナウイルスに感染しても直ぐに殲滅できており、結果的に症状を自覚することはありませんでした。
研究者たちは、変異した免疫遺伝子の働きを薬で模倣することができれば、次のパンデミックが起きても人々を守れるようになると述べています。
研究内容の詳細は2023年7月19日に『Nature』にて「A common allele of HLA is associated with asymptomatic SARS-CoV-2 infection(HLAの共通対立遺伝子は無症候性 SARS-CoV-2 感染と関連している)」とのタイトルで掲載されました。
目次
- 感染しても無症状な理由は遺伝子に潜んでいる
- コロナに強い遺伝子は無症状の確率を「最大で8倍」にする
感染しても無症状な理由は遺伝子に潜んでいる
今から3年以上前に発生した新型コロナウイルスは全世界により累計6億7657万人の感染者を生み出し、死者は688万人にも達しました(2023年3月時点)。
しかし奇妙なことに新型コロナウイルスの重症度には明らかなムラがあることが判明しており、20%の人々は感染しているにもかかわらず全くの無症状のままでした。
この不思議な現象はこれまで多くの人々の関心を引き付け、BCGの摂取履歴や民族の違いなど、さまざまな説が提示されました。
しかし現在に至るまで決定的な要因は明らかになっていませんでした。
そこで今回カリフォルニア大学の研究者たちは基本に立ち返り、症状が出てしまった人と無症状だった人々の免疫遺伝子(ヒト白血球抗原:HLA)の違いを調べることにしました。
免疫遺伝子の1つである「HLA遺伝子」は何千ものバリエーションがあることが知られており、バリエーションによって免疫システムがどのウイルスとの闘いが得意であるか、また苦手であるかが決まります。
たとえば特定のHLA遺伝子タイプを持つ人々はエイズウイルス(HIV)と戦う力が強く、感染してもほとんど症状が現れなくなっています。
しかし別のHLA遺伝子タイプを持つ人々はエイズウイルス(HIV)と戦う力が弱く、感染すると急速に症状が発症することが知られています。
このように免疫遺伝子に多くのバリエーションがあるのは、未知の致死的な病原体が人類集団でパンデミックを起こした場合、一部だけでも生き残らせるためです。
人類全員がエイズウイルスと戦う力が強いタイプのHLA遺伝子を持っていれば、確かにエイズの脅威を減少させられますが、そのタイプのHLA遺伝子を素通りしてしまう別の致死的病原体が出現した場合、人類はあっけなく滅んでしまう可能性があります。
HLA遺伝子のバリエーションが多ければ、未知の病原体に対抗できる人々が一定確率存在し、種を存続させることができます。
コロナに強い遺伝子は無症状の確率を「最大で8倍」にする
今回の研究では、コロナ禍を巻き起こした新型コロナウイルスに対して、特に強い免疫遺伝子「HLA遺伝子」のタイプが存在するのか、存在するとしたら無症状だったケースとどう関連するかが主な調査対象となりました。
調査にあたっては、まず骨髄バンクに登録された3万人の人々に参加が呼びかけられました。
骨髄バンクに登録している人々は既にHLA遺伝子のタイプが検査によって判明しています。
また参加者となった人々は、調査期間中に最低でも3日続く風邪症状があったかどうかが記録されました。
次に研究者たちは参加者たちの中から、ワクチンが開発される前の段階で、新型コロナウイルスの陽性反応が出た人々1400人を選別しました。
すると1400人のうち、136人は感染したのにもかかわらず無症状だったと判明。
さらに無症状だった人々のHLA遺伝子を調べたところ、無症状の人々の20%はHLA遺伝子のタイプが「HLA-B15:01」と呼ばれる特定の変異バージョンであることが判明しました。
この結果は「HLA-B15:01」を持つことが無症状と大きく関連していることを示します。
そこで研究者たちは「HLA-B15:01」の細胞内の数を調べてみました。
私たち人間は母親から受け継いだ染色体セットと父親から受け継いだ染色体セットからなる、2セットの染色体を持っています。
HLA遺伝子も母親由来のものと父親由来のものの2種類が存在します。
そのため「HLA-B15:01」のバリエーションを全くもたない人、1つだけ持つ人、そして2つ持つ人が存在します。
研究者たちが調べたところ「HLA-B15:01」を1つ持つ人は無症状になる確率が2倍高く、2つ持っている人は無症状になる確率が8倍も高くなっていました。
次に研究者たちは新型コロナウイルスが出現する前に採決された血を調達し、新型コロナウイルスの断片に対する反応を調べてみました。
すると「HLA-B15:01」を持つ人々のT細胞は、新型コロナウイルスが出現する前だったにもかかわらず、新型コロナウイルスの断片に対して強い免疫反応を示しました。
そのため研究者たちは「HLA-B15:01」が新型コロナウイルスに対して強い反応を示せたのは、昔から存在する普通のコロナウイルスに感染したときの記憶を利用していたからだと結論しました。
私たちの免疫システムは一度感染した病原体の情報を記憶し、次に同じ病原体に感染しても素早く倒すことが可能になっています。
「HLA-B15:01」を持つ人々は、普通のコロナウイルスに感染した時の記憶を使って、新型コロナウイルスを素早く殲滅することができたのです。
研究者たち「つまり、たとえ悪者が服を変えて現れたとしても、「HLA-B15:01」の免疫システムは腕や入れ墨など別の要素で悪者を見破れるのでしょう」と述べています。
これまでの研究で「HLA-B15:01」はヨーロッパ系の白人の10%が持つことが知られています。
研究者たちは「HLA-B15:01」が無症状にする仕組みを薬で代替することができれば、多くの人々を感染しても無症状で済ませられるようになると述べています。
参考文献
People Who Don’t Get COVID Symptoms Share a Common Feature https://www.sciencealert.com/people-who-dont-get-covid-symptoms-share-a-common-feature元論文
A common allele of HLA is associated with asymptomatic SARS-CoV-2 infection https://www.nature.com/articles/s41586-023-06331-x