生命進化を再現できました。
米国のジョージア工科大学(Georgia Tech)で行われた研究により、3000世代かけて元は単細胞生物である「酵母」を目に見える多細胞生物へ人工的に進化させることに成功しました。
進化した酵母たちの体は最初の2万倍以上(直径1mm以上)となってショウジョウバエに匹敵する大きさとなり、物理的強度は1万倍も強化され、多細胞生命体としてやっていくための条件を備えていることが示されました。
酵母たちはいったいどんな進化で巨大な体と頑強さを身につけたたのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年5月10日に『Nature』に掲載されました。
目次
- 酵母菌を大きさ2万倍、物理強度1万倍の多細胞体に進化させる
- 細胞が細長く伸びて互いにツタのように絡まっている
酵母菌を大きさ2万倍、物理強度1万倍の多細胞体に進化させる
化石の記録によると最初の多細胞生物が出現したのは今から10億年ほど前だと考えられています。
生命が誕生したのが35億年前であることから、多細胞生物が出現するまでに25億年もかかっていた計算になります。
地球誕生(45億年前)から生命誕生(35億年前)まで10億年しかかかっていないことから考えると、地球で多細胞生物が繁栄するのはずいぶんと「難儀」であったことが伺えます。
しかし近年の研究により生命たちの多細胞化に向けたトライアンドエラーは絶えず繰り返されてきたことが判明しており、単細胞生物から多細胞生物への進化イベントは地球のさまざまな時期、さまざまな場所で20回以上も独立して起きたことが知られています。
生物が多細胞化を達成するには、細胞の連携や接続強度などクリアしなければならない課題が数多く存在します。
しかし多細胞化に成功すれば、消化・生殖・運動・感覚など特定の機能に特化した細胞たちによる分業が可能になる大きな利点を得られます。
(※同様の独立した複数回の進化は「カニ化」でも起きています)
そのためたとえば、動物・植物・菌類(キノコなど)が多細胞化した過程を調べると、3者は共通の多細胞祖先が3つに分派したのではなく、それぞれ
「後に動物になる多細胞の祖先」
「後に植物になる多細胞の祖先」
「後に菌類(キノコなど)になる多細胞の祖先」
と3回の独立した(無関係な)祖先に由来することがわかっています。
動物の「目」や哺乳類の「胎盤」は共通先祖に起きた1度限りの変異を起源としていることを考えると、多細胞化を促す進化圧力(需要)は相当に高かったことが伺えます。
しかし単細胞生物がどのようにして多細胞化したかは、多くが謎につつまれていました。
そこで近年、実験室の環境で単細胞生物を多細胞生物に進化させる「人工進化実験」が盛んに行われるようになってきました。
たとえば2015年に行われた研究では、単細胞生物である酵母たちの生活環境をあえて多細胞生物「向け」の過酷な環境に変化させ、多細胞化に向けた進化圧力が高められました。
すると60日ほどで、いくつかの酵母たちは、上の図のように、細胞分裂しても互いにくっついた雪の結晶(スノーフレーク)のような状態を維持するようになり、多細胞化に向けて歩み始めることが示されました。
そしてこの実験で得られた多細胞酵母には「スノーフレーク酵母」との名前がつけられました。
同様の人工進化は多くの研究で成功しており、地球に現存する酵母や藻類を多細胞化すること自体は比較的容易であることが判明します。
しかし既存の研究によって多細胞化した生物はどれも細胞数が数十個から数百個と極めて微小なものです。
一方、現存する多細胞生物を構成する細胞数は線虫のような小さな動物でも1031個、マウスでは300億個、人間では60兆個にも及び、大きなギャップとなっていました。
そこで今回ジョージア工科大学の研究者たちは2015年に作成されたスノーフレーク酵母を培養し、少しでも大きな塊を回収する選別を3000世代に渡って繰り返しました。
すると、上の図のように、100個ほどの細胞の寄せ集めに過ぎなかったスノーフレーク酵母は多細胞化を推し進め、最終的に大きさが最初の2万倍(直径1㎜)、体の物理的な強度も1万倍に増強していたことが判明します。
直径1ミリといえば小型のハエとして知られるショウジョウバエに匹敵するサイズです。
また1万倍に増加した物理的強度は木材に匹敵する値となりました。
この結果は、元は単細胞生物である酵母も人工進化によって、目に見えるサイズ(巨視的サイズ)に進化させられることを示します。
そうなると気になるのが、酵母たちに何が起きたかです。
巨視的サイズに進化した酵母たちの細胞は、どんな変容を起こしていたのでしょうか?
細胞が細長く伸びて互いにツタのように絡まっている
巨視的サイズに進化した酵母に何が起きたのか?
謎を確かめるべく研究者たちは多細胞化した酵母を薄くスライスし、個々の細胞を観察しました。
すると、上の図のように、元々楕円形だった酵母たちの細胞がさらに細長く変形し(アスペクト比が1.2から2.7に変化)、さらに細長くなった細胞たちが互いに絡まり合うように密に配置されていることがわかりました。
この細胞の伸長には細胞密度を減少させ、内部に詰め込まれている細胞間のストレスや歪みの蓄積を遅くし、大きなグループを維持しやすくする効果がありました。
研究者たちは多くの細胞が軋轢なく共存できる仕組みは多細胞生物に必要な、細胞同士の相互作用の第一歩となる可能性を指摘しています。
また細長い細胞がツタのように互いに巻き付くことで、物理的な強靭さを得ることができました。
キノコや地衣類など多細胞形態をとる菌類は複数の菌糸のかさなり合いにより構成されていることが知られています。
そのため細胞同士の絡まりも多細胞生物へ進化する過程で重要なステップの1つになっていると考えられます。
さらに研究者たちは多細胞化によって獲得された物理的な強靭さが、次のステップ、つまり血管など内部の細胞に栄養を届ける循環系を発達させるカギになっていると述べています。
循環系を作る管に最ももとめられるのは、栄養の流れによって崩壊しない材質としての強靭さだからです。
多細胞化による巨大化は必然的に内部にある細胞たちに栄養を自力で取り込む機会を奪い「飢え」をもたらしますが、循環系が構成されれば、内部の細胞たちも栄養を得ることが可能になります。
研究者たちは現在、多細胞化した酵母をさらに進化させ、内部の細胞に栄養を供給するシステムを獲得させる方法を探している、とのこと。
もし順調に進化が起これば、多細胞化、循環系に続いて消化器官系や筋肉、神経系、脳を獲得し、いつかは酵母で構成された小動物を誕生させられるかもしれません。
参考文献
A Journey to the Origins of Multicellular Life: Long-Term Experimental Evolution in the Lab https://research.gatech.edu/journey-origins-multicellular-life-long-term-experimental-evolution-lab元論文
De novo evolution of macroscopic multicellularity https://www.nature.com/articles/s41586-023-06052-1