仕事や人間関係をスムーズにこなすためには、失敗から学んで成功に結び付けることが大切です。
それでも、同じ失敗を繰り返してしまい、そのことで悩む人は少なくないでしょう。
自分では「学習して成長したい」「ミスしたくない」「怒られたくない」と感じているのに、どうしても同じ失敗を繰り返してしまうのです。
この度、大阪大学の蛋白質研究所に所属する疋田貴俊氏ら研究チームは、マウス実験により、同じ失敗を繰り返さないために必要な脳内メカニズムを解明しました。
この研究は将来、脳機能の低下や精神疾患が原因で失敗を繰り返してしまう患者を救うものとなるかもしれません。
研究の詳細は、2023年4月21日付の科学誌『Nature Communications』に掲載されました。
目次
- 同じ失敗を繰り返さないための科学的な秘訣を探る
- 「同じ失敗を繰り返さない」マウスは、失敗後に特定のニューロンが活性化していた
同じ失敗を繰り返さないための科学的な秘訣を探る
「失敗は成功のもと」という言葉があるように、私たちは多くの失敗を経験することで、どんな行動や選択が失敗に繋がるのか理解し、いずれ適切な行動(成功)に到達することができます。
だからこそ失敗を恐れずに何事にもチャレンジすることは大切であり、成功者の多くはその背後で膨大な試行錯誤を繰り返しているものです。
こうした前向きな考え方に同意し、力づけられる人は多いでしょう。
しかしそのためには、「同じ失敗を繰り返さない」ことが前提となります。
失敗の経験を活かさず同じことを衝動的に繰り返していたら、成功に近づくことは難しいでしょう。
とはいえ多くの人は結局、同じ失敗を繰り返してしまうものです。
人によっては精神疾患が関係しているゆえに、何度も何度も苦しみながら失敗を重ねてしまうケースもあります。
では、人間の「失敗を繰り返す傾向」を改善する方法はあるのでしょうか?
これまでの研究のほとんどは、「成功に繋がる行動を促進するメカニズム」に注目しており、「失敗に繋がる行動を抑制するメカニズム」は不明なままでした。
そこで疋田氏ら研究チームは、マウスの行動と脳活動を調べることで、同じ失敗を繰り返さないために必要な脳内メカニズムを解明することにしました。
「同じ失敗を繰り返さない」マウスは、失敗後に特定のニューロンが活性化していた
この実験では、マウスがスクリーンに表示された2つの画像から1つを選ぶ課題を何度も続けて行いました。
その際、片方の「ランダムに表示される画像」を選んだ場合には報酬が得られ、もう片方の「固定画像」を選んだ場合には報酬が得られません。
つまりマウスは実験中、「固定画像を選ぶと報酬が得られない」という失敗から学び、「ランダムな画像を選んで報酬を得る」という成功体験に繋げていくのです。
そして研究チームは、この時のマウスの脳内活動を調査しました。
その結果、脳のやる気や行動選択に重要な領域「側坐核」の「ドーパミンD2受容体発現ニューロン(以下D2ニューロン)」が、失敗した直後に素早く活性化するのを発見しました。
しかも失敗直後のD2ニューロンの活性化を抑制した実験では、マウスは学習することなく、同じ失敗を繰り返してしまうことも分かりました。
つまり失敗を繰り返さないためには、失敗直後にD2ニューロンが活性化することが必要だったのです。
同様の脳内メカニズムは、人間の脳内でも生じている可能性があります。
今回の研究を応用することで、将来的に「同じ失敗を繰り返してしまう人」の脳内メカニズムをアプローチし、「失敗から学ぶ人」になれるようサポートできるかもしれません。
特に研究チームは、「失敗を繰り返してしまう薬物依存症」や「失敗を恐れて行動できないひきこもり」といった精神疾患の治療に役立つ可能性があることを示唆しています。
疋田氏も「この研究が、新しい精神疾患の治療へと繋がることを願っています」と述べており、いわゆる「高い意識や精神力、向上心」などではどうにもならない根本的な脳の原因を解決するのに役立つはずです。
もしこうした新しい治療が確立されるなら、全ての人が「失敗は成功のもと」という言葉をポジティブに捉えることができるでしょう。
参考文献
同じ失敗を繰り返さないために必要な脳内メカニズムを解明 http://www.protein.osaka-u.ac.jp/achievements/20230428/元論文
Error-related signaling in nucleus accumbens D2 receptor-expressing neurons guides inhibition-based choice behavior in mice https://www.nature.com/articles/s41467-023-38025-3