はじめに


森本草介《田園)2001年 ホキ美術館

近場で楽しめるお出かけスポットとして注目されている美術館。芸術の秋も深まる今の時期、ぜひ足を運んでもらいたい場所でもあります(感染症の予防対策もバッチリですし)。とはいえ、興味はあっても知識がない、という初心者にとっては、敷居が高く感じられるもの。行ったところで何を楽しめばいいのか、そもそも、どこをどう注目して見たらいいのかサッパリわかりません(かつての僕がそうでした)。そこで今回は、長年にわたる美術鑑賞歴の中で、僕が独自に身に付けた“ちょっとツウっぽく思われる鑑賞テクニック”を、この秋注目の展覧会とともにご紹介します。

Text:アートテラー・とに~

【1】奔放な″筆致″に注目「モネとマティス―もうひとつの楽園」/ポーラ美術館 


箱根・仙石原にある「ポーラ美術館」は″箱根の自然と美術の共生″をコンセプトに掲げる美術館です。コレクションの総数は約10000万点。ルノワールやピカソ、ダリといった西洋絵画の巨匠の作品を中心に、日本美術や陶磁器、ガラス工芸、化粧道具など、実に幅広いジャンルの作品を所蔵しています。

そんなポーラ美術館で現在開催されているのが「モネとマティス―もうひとつの楽園」。その名の通り、クロード・モネとアンリ・マティス、2人のフランスの巨匠にスポットを当てたもので、国内外よりモネとマティスの名品の数々が大集結したスペシャルな展覧会です。

クロード・モネ 《藤》 1919-1920年 油彩/カンヴァス マルモッタン・モネ美術館
Musée Marmottan Monet, Paris © Musée Marmottan Monet, Paris, France / Bridgeman Images


この2人の作品を鑑賞する際に特に注目したいのが「筆致(ひっち)」。言い換えるなら、筆遣いやタッチのことです。当たり前ですが、絵画は筆で描きます。ということは、もちろん画面に筆の跡が残ります……と言いたいところですが。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」やフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を思い浮かべてくださいませ。肌はツルンと描かれ、服は質感豊かに表現され、筆の跡を見て取ることができません。そう、ある時期までは筆致を抑えた絵が主流派だったのです。

アンリ・マティス 《鏡の前の青いドレス》 1937年 油彩/カンヴァス 京都国立近代美術館

しかし、モネが活躍した印象派の時代やマティスがけん引した野獣派の時代になると、筆致も個性の一つとばかりに、あえて筆致が目立つように描くようになります。音楽でいうと、クセのある歌い方のようなもの。サザンの桑田さんやB'zの稲葉さんのような感じでしょうか。それはともかくも。

モネの絵を前にして「この辺は、うねるような筆致だね」とか「実に奔放な筆致だ」とか、マティスの絵を前にして「なるほど。大らかな筆致だなぁ」とか「何と大胆な筆致なんだ!」とか、筆致に着目し、その感想を口に出してみましょう。それだけでもうアート鑑賞の初心者は卒業です。


◆ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
開館時間:9:00~17:00 ※入館は16:30まで
休館日:年中無休 ※臨時休館あり

・モネとマティス―もうひとつの楽園
開催中~11月3日(火・祝)

【2】思わず躍り出す!? 「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」/山種美術館


恵比寿駅から歩いて約10分の場所に位置する「山種美術館」。昭和41年に、全国初の日本画専門美術館として開館した東京を代表する美術館の一つです。横山大観や上村松園、東山魁夷といった国民的日本画家の名品の数々を楽しむことができるだけでなく、併設されたミュージアムカフェ「Cafe椿」では、展覧会の出品作品をモチーフにした特製和菓子も楽しむことができます。味はもちろん、見た目にも美しい特製和菓子は、日本画の繊細な色彩や美意識を和菓子で表現するために、青山の老舗菓匠「菊家」の和菓子職人だけでなく、館長やスタッフが一丸となって、試作を何度も何度も重ねているのだそう。まさに、こだわりの逸品です。
竹内栖鳳 《班猫》【重要文化財】 1924(大正13)年 絹本・彩色 山種美術館

そんな″花より団子派″な方にも嬉しい山種美術館では、現在「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」が開催中。そのキュートな姿ゆえ、山種美術館のコレクションの中でも特に人気の高い竹内栖鳳(たけうちせいほう)《班猫》(はんびょう)を筆頭に、日本画の巨匠たちが描いた動物画の数々が一堂に集結。猫や犬、牛やシロクマに蛙など、さまざまな動物に逢える「あつまれ どうぶつの絵」な展覧会です。

竹内栖鳳 《鴨雛》 1937(昭和12)年頃 絹本・彩色 山種美術館

日本画を鑑賞する際のポイント。それは、離れて観るだけでなく、出来るだけ近づいて観ることです。西洋の油彩絵具と違って、ほとんどの日本画には岩絵具が使われています。岩絵具とは、主に鉱石を砕いて粒子状にしたもの。そのままでは紙や絹に定着しないので、膠液(にかわえき。ざっくり言えば、天然のコラーゲンやゼラチンを水で溶いたもの)と混ぜて定着させるのです。もともとが鉱石なので、近くで観るとその粒子に照明が反射してキラキラと光ります。その美しさたるや! 見る角度や照明の当たり方によって光り方が変化するので、日本画の鑑賞中は、ついついChoo Choo TRAINのような動きをしています(笑)会場で同じような動きをしている人を見かけると、「あの人もか!」と同志を見つけたような気分に。ぜひ、みなさまも日本画の前で身体を躍らせてみましょう!


◆山種美術館
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:11:00~16:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 ※祝日は開館、翌日火曜日は休館
展示替え期間、年末年始

・竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス 
併設展示:ローマ教皇献呈画 守屋多々志《西教伝来絵巻》試作 特別公開
開催中~11月15日(日)

【3】豪雨被害から復活!写実の新しい視点に気づく「森本草介展」/ホキ美術館


ホキ美術館は、世界でもほぼ類を見ない写実絵画専門の美術館。上皇ご夫妻の肖像画を描いたことでも知られる写実絵画の巨匠・野田弘志さんから、女性を描いたリアルな油絵がSNSやテレビで大反響を起こした注目の若手画家・三重野慶さんまで、現在の写実絵画ブームをけん引する約60作家480点以上の写実絵画を所蔵する″写実の殿堂″です。
森本草介《果物たちの宴》2001年 ホキ美術館

昨年10月、そんなホキ美術館を悲劇が襲いました。豪雨の被害により、電気設備や展示室の一部が浸水。さらに、収蔵庫にあった約100点の作品も浸水してしまったのです。あまりの被害の大きさに、一時はそのまま閉館することも館長の脳裏によぎったそうですが、写実画家やそのファンのためにと奮起し、今年の8月1日に奇跡的な早さで復活を遂げました! そんなリニューアルオープン1発目を飾るのが「森本草介展」。ホキ美術館のコレクションの原点であり、もっとも縁がある画家、森本草介の作品が一堂に会す展覧会です。

森本草介《午後のくつろぎ》2008年 ホキ美術館

ところで、皆さまは写実絵画を目にした際に「写真みたい!」という感想を抱いたことはありませんか? もちろんそう思うのは自由なのですが、その感想をそのまま写実画家に伝えると、ちょっと微妙な顔をされますのでご注意を。写実画家の皆さまは決して、写真みたいに、つまり写真を目標として描いているわけではないのです。描きたい対象を本物そっくりに描く、なんなら本物以上に本物らしく、存在感を宿すべく描いています。1枚の絵に対して、半年から1年かかるのはざら、中には数年かけても本人的には納得いかない作品さえあります。

当たり前ですが、写真ではなく絵です。例えば、人物を描いた絵を観ると、どうしてもその人物ばかりに目が行ってしまいます。しかし、モデルが身に付けている服も、腰を掛けている椅子も、床も壁紙もすべて画家によって描かれているのです。"神は細部に宿る"と言いますが、写実絵画の魅力はまさに細部に宿っています。いつか写実画家に逢う機会があれば「あの壁の表現がスゴいですね」とか「服の皴の再現に驚きました!」とか細部の感想を伝えてあげてください。確実に喜んでくれますよ。


◆ホキ美術館
住所:千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
開館時間:10:00~17:30 ※入館受付は17:00まで
休館日:火曜日 ※火曜日が祝日の場合は翌日
※日時指定の予約制のためWebサイトをご確認ください

・森本草介展
開催中~11月16日(月)

おわりに


参考にしていただけたら嬉しいですが、あくまで独自のテクニックなので、本当にツウっぽく思われるかは保障できませんのであしからず(笑)。とはいえ、未だ美術館に行ったことがないという方は、この秋こそデビューするチャンス。まずは興味を持った展覧会に足を運んでみてください。来館の際は最新の公式情報を確認したうえで、感染対策をしっかりして出かけてくださいね。


©Shingo Kanagawa

◆アートテラー・とに~
1983年生まれ。千葉大学法経学部法学科卒。元吉本興業のお笑い芸人。芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」に転向。現在は、美術館での講演やアートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など幅広く活動している。著書に『ようこそ!西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ』(誠文堂新光社)、『東京のレトロ美術館』(エクスナレッジ)など。公式ブログ「アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】」。



情報提供元: 旅色プラス