弊誌では以前、「最低評価の宿に行ってみた」という記事を掲載した。宿泊予約サイトで「星1」評価が付いている宿は本当に「最低評価」なのか、実状を探るというものだ。宿の名前を隠さず、あくまでフラットな視点でレポートしたこの宿泊記は賛否両論を生んだ。



何の因果かその企画の犠牲となり、最低評価「星1」の宿に送り込まれた筆者。それからというもの、こんな苦行はもう二度とやりたくないとへそを曲げ続けていた。しかし、鬼の編集長はこの他にも沢山の「星1ストック」を抱えていたのである。



あれから約2年、筆者はついに第2弾の宿に送り込まれてしまった。あれこれと理由をつけて棚上げしていたのだが、「星1企画は地球よりも重い」という編集長の剣幕についに屈してしまったのだ。(※実際にそんなことは言っていません)





そんな経緯の第2弾で取り上げることとなったのは、静岡県裾野市の「割烹旅館 勢力」。予約サイトR社での口コミ総合評価は星1.20という「ほぼ最低評価」だ。「飯はノーコメント」というコメントから、“割烹旅館”という文句に心を躍らせてはいけないということがわかる。清潔感は特に難があるようで、



「汚い!」「最悪!」「信じられない!」



という悶絶躄地の声が並ぶ。また編集長はとんでもないシロモノを見つけてきたものだな……。気が滅入りそうな中、「亭主の人柄だけはいい」という口コミだけがせめてもの救いである。






その宿は、JR御殿場線の裾野駅から伸びる通りから小道に入って徒歩5分ほどのところにあった。



玄関はピロティ形式の建物の一階にあり、隣には建て増しと思われる別棟が並ぶ。外観からはそれなりの年季を感じる。R社のサイトによれば「創業八十余年」とのことである。





中に足を踏み入れると、宿の主人と思しき男性がロビーの椅子に座っていた。名前を告げると、「お待ちしていました」と立ち上がり、宿の案内をしてくれた。事前に電話したときにも感じたが、話好きの好々爺のようだ。



案内によれば、筆者の部屋は2階。隣の部屋には連泊客がいるとのこと。夕食は1階の部屋で、19時頃に用意してくれるようだ。部屋にシャワーなどはなく、男女共用の大浴場が1階にある。今は先客が使っているらしい。





「風呂が空いたら声を掛けますね。ところで、明日はどちらへ行くんですか?」



明日の予定は特に決まっていなかったが、とりあえず御殿場方面に向かうつもりであると伝えると、主人はJRの時刻表を取り出してきてくれた。



「電車は30分に1本くらいです。9時台の電車に乗るなら、朝食は8時頃にしますか?」



こちらの都合に合わせて朝食を用意してくれるようだ。



「早く出るお客さんもいてね。一番早い方は5時半に出るんですよ」



主人が全て一人で切り盛りしているようだが、融通が利くのはありがたい。



朝食の時間が決まると、いよいよ2階の部屋に案内された。





廊下や階段は赤いカーペット敷きになっていたが、雨漏りだろうか、所々に黄土色の大きなシミが付いている。





部屋は二面窓の角部屋だった。8畳一間にすでに布団が敷かれている。





設備は19型の液晶テレビとエアコン。冷蔵庫はないが、泊まるだけなので困ることはない。トイレは共同のようだ。



[caption id="attachment_132356" align="alignnone" width="900"] ▲アメニティグッズ。ブラシ部分に歯磨き粉が付いている懐かしの歯ブラシとタオル。[/caption]



「エアコンが嫌だったら窓を開けてくださいね。」



試しに窓を開けてみたが、この日は風の通りがなく、あまり涼しくなかった。隣のパチンコ屋から時折、「おめでとうございます!」という大当たりの店内放送が漏れ聞こえてくる。



[caption id="attachment_132366" align="alignnone" width="900"] ▲窓を開けるとパチンコ屋の駐車場ビュー。[/caption]



やや気温が高かったので窓を閉めてエアコンをつけた。特有の嫌な臭いもなく、非常に効きがよかったのは幸いだった。「星1」という評価に覚悟を決めて来たが、それほど酷くないではないか。



部屋で過ごすこと約1時間、主人が筆者を呼ぶ声が聞こえた。早くシャワーを使いたかったのだが、先に夕食の準備ができてしまったようである。



1階の食事処に向かうと、お膳に料理が並べられていた。







献立はエビフライ、白身魚の味醂漬け、ロールキャベツ、酢の物。さらに、旅館でおなじみの小鍋に入った水餃子も並ぶ。裾野市には特産のモロヘイヤや茶葉が入った「すその水ギョーザ」という名物があるそうだが、これが「すその水ギョーザ」なのかは定かでない。





炊飯器は保温12時間になっているので、おそらく朝炊いたものの残りだろう。



どこまでが出来合いなのかはわからないが、どれも味は悪くなかった。ご飯も意外とふっくらしており、付け合わせの野菜なども新鮮だ。「割烹」と呼ぶには程遠いが、旅館の食事の面目は一応程度に保っているといったところか。



割烹というよりは和洋折衷料理なのでは……。などと考えながらロールキャベツを齧っていると、主人がお茶を淹れにやってきた。



「そういえば、お風呂空いたので使ってください。夜中に入っても大丈夫ですよ」





食事を終え、一度部屋に戻りタオルを手にして1階奥の風呂場に向かう。男女共用の風呂場に鍵はなく、ドアの前に「入浴中」の札を下げておくシステムらしい。





浴槽に湯は張られていなかった。沸かしてもいいのだろうが、わざわざそうする気も起きなかった。





壁にはいくつかのシャワーがあり、備品(?)のシャンプーやら何やらのボトルが雑多に置かれている。どれも中身は入っているので適当に使ってみたが、特に問題なさそうだ。シャワーで身体を洗っていると、ボトルの陰から得体の知れない虫たちがお湯に驚いて逃げていった。





ドライヤーはないだろうと思っていたのだが、脱衣所には何故かカールドライヤーが2つ置いてあったのでそれを使った。



「入浴中」の札を外して風呂場を出る。シャワーも問題なく、食事も悪くない。「星1」が付くほど悪くはないのではないだろうか。主人の人柄がいいのがなによりだ。そんなことを考えていた。





ところが次の瞬間、足元を横切った物体に筆者は頭を抱えてしまった。いるとは思っていたが隠れていてくれ、コックローチ。



さらに追い討ちをかけたのはトイレだった。共用トイレの建て付けが悪いドアを開けると、信じられない悪臭がした。排泄物の直接的な臭いではなく、数十年レベルで蓄積した臭いだろう。比喩ではなく本当に鼻が曲がってしまう。むしろ曲がって鼻腔が塞がってほしい。清掃はされているようだが、どうしたらこうなってまうのだろう。原稿を書いている今でも思い出すと顔が歪む。



[caption id="attachment_132369" align="alignnone" width="900"] ▲さすがにトイレは載せられないので、手洗い器の写真を載せておく。[/caption]



一度ドアを閉めて呼吸を整え、意を決して息を止めて用を足した。明日まで必要以上に水分をとるのは控えよう。窒息してしまう。



部屋に戻り、例の黒い虫が部屋に来ないことを願いながら床に就いた。



[caption id="attachment_132377" align="alignnone" width="900"] ▲この辺から変な虫が出てこなければいいが。[/caption]







翌朝、東の窓から強く差し込む朝日に焼かれて目が覚めた。宿泊したのは10月だったが、今年は夏を過ぎても暑い日が続く。



朝食は8時のはずだったが、時間を過ぎても呼ばれる気配がない。下に降りてみると、ロビーのテーブルに朝食が用意され、主人が待っていた。



「ああ、来た来た。おはようございます。もうすぐ別のお客さんを送りに行くので、どうぞここで食べてください」





朝食はシュウマイにポテトサラダ、卵焼き、カニかまぼこ。付け合わせに千切りキャベツ。味付け海苔も付いている。夕食に比べるとかなり質素だが、炊飯器のご飯は朝炊いたものだった。



別のお客を送りに行った主人は15分ほどで戻ってきた。「東京からですか?」と筆者に声をかけた主人は、この宿の話をしてくれた。



「私の祖父母の代に料理屋として始まったんです。宴会でも仕出しでも、お客さんの要望にはできるかぎり何でも応じる祖父母でした。そのうちお客さんから『泊まらせてくれ』と言われて、旅館業の許可を取ったんです」



旅館として営業を始めたのは昭和30年代らしい。



[caption id="attachment_132380" align="alignnone" width="900"] ▲若かりし頃の主人と宿泊客と思われる写真が飾られていた。[/caption]



「私は東京の割烹料理店で住み込みで働いていたんですが、母が体調を崩したのをきっかけに戻ってきたんです。その後も、宴会のお客さんや合宿の学生さんが来てくれていました。マイクロバスを2台持っていましてね、送迎もやっていたんですよ」



今はマイクロバスを手放し、ミニバンで近場の送迎をしているという。



「でも、私が2年前に心臓を悪くしてからは宴会はやめてしまいました。今は箱根や伊豆に行くゴルフのお客さんが泊まりにきてくれます。箱根だと高いですからね。あとは富士スピードウェイとか」



東京だけでなく、岐阜や大阪から泊まりにくる常連客もいるという。



星1の宿にも歴史あり。御殿場に向かう列車の中で、筆者は“割烹旅館”として賑わっていたであろう往年の宿の姿を想像していた。かつての面影はないが、今では旅人宿としての役目があるのだろう。



ちなみに、昨夜以降トイレを我慢していたので駅のトイレに駆け込んだのは言うまでもない。



[caption id="attachment_132381" align="alignnone" width="900"] ▲御殿場駅。[/caption]



さて、今回の宿の料金は1泊2食で7,020円だった。近隣のビジネスホテルはシングル素泊まり7,000円前後が相場のようだ。金額も加味したうえでの筆者の評価は星2.0としたい。トイレ以外は特に困ったことがなかったので2.5くらい付けてもよいのだが、0.5下がったのは黒い虫の影響とお考えいただきたい。



ところで、“割烹旅館”という言葉が徒らに客の期待値を上げてしまっているのは間違いない。ここは「民宿」に改称し、主人の人柄をウリにしたらどうだろうか。そうすれば口コミ評価も多少は改善される気がした。



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情報提供元: Traicy
記事名:「 星1の宿にも歴史あり? “ほぼ最低評価の宿”に泊まりに行ってみた【レポート】