2015年9月、北関東・東北を襲った記録的大雨により甚大な被害が発生しました。そうしたなか、多くの人々を救助したのが自衛隊のヘリ「ブラックホーク」です。その優れた性能がいかんなく発揮されています。

雨が上がる前から出動した自衛隊の「ブラックホーク」

 2015年9月10日(木)、北関東・東北を襲った記録的大雨により鬼怒川の堤防が決壊し、大規模な洪水が発生しました。街が沈み家が流されるなか、多数の住民が孤立。水上および空から、被災者の救助作戦が行われました。テレビニュースにおいて警察、消防、海上保安庁、そして自衛隊のヘリコプターから、「ホイストケーブル」で釣り上げられる被災者の様子を見た人は少なくないと思います。

 ヘリコプターは、空中を航行することによる地形を選ばない高速性能が最大の特徴です。今回のように道路が完全に水没した場合においても、迅速な救助を可能とします。

 しかしその一方で悪天候(特に風)や夜間、視界不良における活動が難しいという欠点も有しており、状況次第では救助に出動できないことも少なくありません。たとえば1985(昭和60)年の日本航空123便ジャンボジェット墜落事故においては、19時に事故が発生したため、ヘリコプターによる救助は翌朝まで行えませんでした。

 ですが事故や災害は必然的に、悪天候時に多く発生します。警察や消防のヘリコプターが発進できないほどの悪天候において最後の「命綱」となる存在が、今回の水害でも多数出動した自衛隊が配備するUH-60「ブラックホーク」です。

 この「ブラックホーク」は極めて悪天候に強く、軍用ヘリコプターとして優秀な性能と信頼性を兼備した世界最高傑作機のひとつです。今回の水害においても、雨が上がる前から出動しました。「ブラックホーク」は唯一、陸海空の自衛隊全てに配備されている航空機であり、救難・多用途ヘリコプターUH-60J/UH-60JA、および海上自衛隊のみが運用する哨戒機型SH-60Jとその改良型SH-60K「シーホーク」が調達されています。

「ブラックホーク」はもともとアメリカのシコルスキー社によって開発され、自衛隊向けの機体は三菱重工がライセンス生産しました。推定3000機が世界中で現役であるとみられ、これは旧ソ連で開発された2位のミルMi-8を1000機以上引き離すダントツの1位です。

夜間でも昼間のように見える「ブラックホーク」

 1800馬力のエンジンを2基搭載する「ブラックホーク」は、非常にパワフルです。警察や消防において広く採用されているベル412は900馬力の2基ですから、倍に相当します。その分「ブラックホーク」は機体がひと回り大きく、より多くの燃料や機器が搭載可能です。航続距離も倍近い1295kmで、航空自衛隊機のなかには空中給油装置を付加した機体も存在します(以下、装備の有無は個々の機体によって異なる場合があります)。

 そして悪天候・夜間時における強さを実現し、作戦能力の要となっているのが各種電子機器です。機首部下面には「赤外線前方監視装置(FLIR:フリア)」を装備。夜間においても昼間とほぼ同等の映像を得ることができ、多少の霧や塵、雲は透過します。またパイロットは、「ナイトビジョンゴーグル(NVG)」を着用することも可能。FLIRとNVG、どちらも赤外線を利用したシステムですが、FLIRは主に捜索に、NVGは主に操縦に適します。

「ブラックホーク」は、ミサイル妨害用のチャフ・フレアディスペンサーも搭載します。救難とは無関係のように思えるかもしれませんが、戦時において洋上遠方での作戦中に脱出した戦闘機パイロットを救助する際、攻撃を受ける可能性を想定したものです。

もし1985年に「ブラックホーク」があったなら

 乗員は航空自衛隊機の場合、機長および副機長のパイロット2名、パイロットの補佐やホイストの操作などを担当する機上整備員1名、そして機外に出て救助を行う救難員2名の合計5名で、彼らはひとつのチームとして「ブラックホーク」を運用します。

「ブラックホーク」はその優秀さの代償として、やや高価であることが欠点です。電子機器や装備品だけで10数億円に達します。陸自の主力ヘリUH-1Jが丸ごと買える価格です。さらに機体およびエンジンで30億円強。2016年度においては、1機あたり44億円で8機を調達する予算が組まれる見込みです。

 自衛隊は今回、9月10日から翌9月11日までにヘリコプターで366名を救出しました。また、もし1985(昭和60)年の日本航空123便墜落事故の際に「ブラックホーク」があったならば夜のうちから救難活動が行え、もっと多くの人命を救えたでしょう。何百もの命をその程度の機体価格で救えるならば、これほど安い買い物はないのかもしれません。

情報提供元: 乗りものニュース