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ちょうど平昌オリンピック真っ只中とあって、エントランスはオリンピック中継のパブリックビューイングスペースにもなっており、ボブスレーやスキー板の展示もありました。
CL 鈴木:まさか、NHKの演出さんから私みたいなフリーライターを指名でインタビューに読んでいただけるとは思いませんでした。今日はよろしくお願いします。(モニターのレースシーンを見ながら)あ、これは取材会でも流れていた映像ですね。
大橋:ドラマ公式ホームページにも載っています。このエンジン音はLFA開発チームの棚橋さんがアドバイスしてくださいました。
CL 鈴木:時々自宅のパソコンで見ているんですよ。トヨタ2000GTは僕も子供の頃からずっと大好きで。
大橋:一緒ですね。(笑)鈴木さんは何年生まれですか?
CL 鈴木:僕は昭和51年(1976年)です。実はトヨタ2000GTの時代ではないんです…
大橋:僕は昭和40年、トヨタ2000GTと同い年くらいです。トヨタ2000GTの時代ではないですが。スーパーカーブームの時期にトヨタ2000GTといえば日本唯一のスーパーカーでした。
CL 鈴木:そうですね、僕はどちらかというとトヨタ2000GTが再評価された頃より後の、スーパーカーブームの頃に生まれたので…。悲しいですが、その頃にはスカイラインRSが出てその後にR32GT-R出て、海外のスーパーカーに肉薄する国産車が出て、トヨタ2000GTとかヨタハチとか忘れ去れた時代なんですよね。鉄バンパーのクルマの最後の時代に生まれて、クロームメッキに丸ライトのクルマが町中から消えていくのが寂しかったんですよ。その時に日本にトヨタ2000GTというクルマが昔あったということを知って衝撃を受けたんです。こんなクルマ日本で作ってたの?って。