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そんな、自動車史においても貴重な個体を所有する三橋 了太(みつはし・りょうた)さんに、オーナーだからこそ語れるエピソードを伺ってみました。
外資系企業に勤務する傍ら、休日は「高田馬場アトムズ・アイスホッケークラブ(1975年9月設立)」という、ジュニアアイスホッケークラブの監督をしています。
私は札幌市の生まれなのですが、3才でアイスホッケーをはじめて、アンダー18で日本代表に選ばれるほどのめり込みました。現在は、私のあとを継いで2人の息子がアイスホッケーに夢中になっています。私はチームの監督という形でサポートをしています。
私の父は、18才から定年退職するまで42年間、ヤナセ一筋という人でした。セールスやメカニック、中古車販売も担当していて、それこそ、メルセデス・ベンツやアウディ、シボレーやポンティアックなど、さまざまなクルマに乗って家に帰ってきたんです。今日は何のクルマで乗って帰ってくるか、ワクワクしたことを憶えています。また、父の愛車だったフォルクスワーゲン ビートルは、私が1才の時に新車で購入し、23才になるまで所有していたんです。まさか自分が免許とってVWを運転できるとは夢にも思わなかったです。当時は嬉しくて友達を誘い出し、よくドライブに行っていました。
父は、休日になるとビートルのエンジン調整をしていましたから、程度抜群でしたね。