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通常、長距離路線バスの旅はバスターミナルや駅から始まることが多いのですが、今回の旅の始まりは、なんと病院から。
「松阪熊野線」(熊野古道ライン)は松阪駅から乗車することもできますが、実は一部の便が松阪地区の基幹病院のひとつである「JA三重厚生連松阪中央総合病院」(通称:松阪中央病院)に乗り入れており、今回はこちらから旅を始めることにしました。
名古屋から近鉄電車に揺られること1時間半ほどで松阪駅に到着。
駅に降り立ち待つこと数分、偶然にも熊野発松阪中央病院行き「松阪熊野線」のバスが到着しました。さっそく、このバスで松阪中央病院へ向かいます。
10分程でバスは松阪中央病院に到着。
敷地内では、これから乗車するバスが待機していました。
バスのりばには、通常のバス停のほかに、大型の時刻表と路線図、ベンチが設けられています。
ここで、「松阪熊野線」について簡単にご紹介しておきましょう。
「松阪熊野線」を運行するのは、三重県全域と愛知県、和歌山県、奈良県の一部で乗合バス事業と貸切バス事業を運営している三重交通。白地に緑のラインが後輪付近で下に届いている独特のデザインは、40年以上も地元に親しまれている伝統のカラーリングです。
もともとこの路線は、1970(昭和45)年10月1日に運行を開始した「南紀特急バス」が起源になっています。
運行開始当初は松阪~南紀勝浦間で運行され、のちにグループ会社の三重急行自動車も運行に参入しますが、その後、数度の運行区間・運行経路の変更および便数の変更が行われ、末期には松阪~尾鷲(おわせ)~熊野古道センター間が4往復、松阪~尾鷲~瀬木山間が2往復の体制で運行していました。
そして、2018(平成30)年9月30日をもって「南紀特急バス」としての運行は終了。
代わりに、沿線居住者の利便向上及び観光利用者の拡大を図る目的で翌10月1日から運行を開始したのが、松阪~尾鷲~熊野間を結ぶ「松阪熊野線」なのです。
「松阪熊野線」の系統キロは、往路134.8km、復路132.0kmですが、このキロ数は、奈良交通「八木新宮線」(大和八木駅前~新宮駅)の166.9㎞、阿寒バス「釧路羅臼線」(釧路~羅臼)の約165km、沿岸バス「豊富留萌線」(留萌~羽幌~豊富)の約164km、函館バス「快速せたな号」(函館~八雲~せたな)の約146km、くしろバス・根室交通「特急ねむろ号」(釧路~根室)の約136kmに次ぐ長さです。
本州では、奈良交通「八木新宮線」に次ぐ第2位の長さを誇ります。
なお「松阪熊野線」の運行にあたっては、バリアフリーにも対応し環境性能にも優れたハイブリッド式大型ノンステップバス(いすゞエルガ ハイブリッド)3台を導入したほか、尾鷲市から熊野市までの路線延長および全停留所(119カ所)での乗降扱いを行なうことで、利便性向上を図っています。
今回私が乗車したのは、松阪中央病院11:30発の便。発車の約5分前にバスはのりばに到着しました。
では、早速乗車してみましょう。
車内は、背もたれが高いハイバックシートが並びます。
シート背面には、カップホルダー、網ポケット、手荷物フックを装備するほか、一部の座席には携帯電話やスマートフォンの充電に便利なUSBポートも装備しています。
入口に設置されている整理券発行機と各種カードリーダです。
現金・回数券(販売は終了)で乗車の方は、整理券発行機から整理券を取り、降りる際に前方の運賃表にて運賃を確認して、整理券と一緒に現金・回数券を運賃箱に投入します。
プリペイドカード「三交バスカード」(販売は終了)で乗車の方は、乗車時と降車時にカードをカードリーダに通します。
ICカードで乗車の方は、乗車時と降車時にICカードをカードリーダにかざします。ICカードは、三重交通が発行する「emica(エミカ)」のほか、「Suica」などの交通系ICカードが利用できます。
車内ではWi-Fiサービスも提供。シートポケットに利用方法を記したリーフレットが入っています。Wi-Fiは1回の接続につき12時間利用できます。(接続回数の制限はありません)
以上、見た目は街中を走る一般路線バスそのものですが、ドリンクホルダーやUSBポート、Wi-Fiサービスなど、長距離移動客を考慮した車内設備がこの車両の特長といえましょう。
11:30定刻に松阪中央病院を発車したバスは、若干渋滞気味の松阪市内を通り松阪駅へ。JR線や近鉄線から乗り換えの方は、こちらからの乗車が便利です。熊野市行き「松阪熊野線」は4番のりばから発車します。
松阪駅を発車して20分程走行すると、それまでの市街地の光景から一転、のどかな風景が一面に広がります。
バスはこの先、国道42号線を約4時間かけて熊野市までひた走ります。経由する市町は、この先の多気町、大台町、大紀町、紀北町、尾鷲市と起終点の松阪市、熊野市を合わせて計7市町。いかに長い路線であるかが分かります。
松阪駅を発車して50分程で、バスは大台町内へ。
国道からいったん外れて大台厚生病院玄関前に乗り入れるなど、通院利用者への配慮もなされています。
運行距離、運行時間ともに長い「松阪熊野線」では、一般路線バスでは珍しい休憩停車時間が設けられています。
休憩停車は2カ所で実施され、熊野行きは滝原宮前と後述の海山バスセンターで各15分間停車します。(松阪行きは海山バスセンターと大台町で各15分間停車)
滝原宮は正式名称を「瀧原宮(たきはらのみや)」という神社です。伊勢神宮の2つの正宮のうちの1つ「内宮」の別宮であり、参拝客が多いことでも知られています。バス停から少し離れた場所には売店やコンビニがありますので、飲食物を買うのであればこちらが便利です。
滝原宮前を発車したバスは、連なる山々を眺めながら南下していきます。
マンボウという珍しい名前の停留所を通過すると、バスは最初の難所「荷坂峠」に差しかかります。
急カーブの多い峠ですが、峠頂上からの眺めは絶景そのもの。山々の遠くには太平洋が見えます。
峠を下ると、バスは紀北町に差しかかります。紀北町役場前を過ぎ、しばらく走ると、左手に太平洋が見えてきます。
紀北町海山地区に差しかかり、橋を渡ったところで、バスは2回目の休憩停車地である海山バスセンターに到着。こちらでも15分間停車となりました。
松阪市を発車して約2時間半。バスもラストスパートに向けてひと休みです。
海山バスセンターから見渡す風景も一見の価値あり。利用者の心を癒してくれます。
海山バスセンターを発車したバスは、鷲毛(わしげ)峠を越え、尾鷲市へ。
尾鷲市内の停留所に停車し、1日2往復のみ乗り入れるビジターセンター「熊野古道センター」に立ち寄ったあと、矢ノ川(やのこ)峠、佐田坂という2つの急な峠や坂道を越えていきます。ヘアピンが続く道ですが、巧みなハンドル捌きでバスは難なく進んでいきます。
佐田坂を越えると、バスはいよいよ熊野市へ。左手には海岸線が見えてきます。
そして、松阪市を発車して約4時間後の15:30過ぎに、バスは熊野市駅前に到着しました。
バスの終点は三交南紀(三重交通南紀営業所)ですが、このあとの行程も考慮して今回はこちらで下車。下車前にLED運賃表を見ると、整理券番号がなんと84番まで表示されていました。運行距離と運行時間の長さを物語ります。
せっかく熊野市に来たからには、更に南下して、熊野本宮大社への玄関口でもある和歌山県新宮市へも足を伸ばしたいところ。
熊野市から和歌山県新宮市へは、JR紀勢本線でアクセスできますが、実は三重交通も約1時間おきに熊野~新宮間の路線バス「熊野新宮線」を運行しています。
さらに、新宮市からは、奈良交通(本社:奈良市)が熊野本宮大社、十津川温泉、五條を経由して奈良県橿原市の近鉄大和八木駅まで、高速道路を使わない路線では日本一の走行距離を誇る路線バス「八木新宮線」を運行しています。
つまり、三重交通「松阪熊野線」と「熊野新宮線」、そして奈良交通「八木新宮線」の3路線を使って、松阪~熊野~新宮~十津川温泉~五條~大和八木間の一般路線バス乗り継ぎ旅ができるのです。
しかも、一般路線バス日本最長路線と本州第2位の路線を同時に楽しめるというのですから、バスファンにとってはたまらない(?)乗り継ぎ旅になるのではないでしょうか。
残念ながら、運行時刻の関係で、1日で乗り継ぐことは不可能ですが、熊野市や新宮市あたりで1泊すれば実現可能ですので、バス好きの方はぜひ挑戦してみてはいかがでしょうか。
今回は、松阪中央病院から熊野市駅前まで長時間の乗車でしたが、休憩停車が2回もあったおかげでトイレの心配をすることなく、思っていたよりも疲れずに移動できました。
シートの背もたれは高く、ドリンクホルダーやUSBポート、Wi-Fiサービスなど、一般路線バスにしては設備が整っていたのも印象に残りました。特に、USBポートやWi-Fiサービスは、長距離利用者にはありがたい設備なのではないでしょうか。
沿線の景色は見ごたえのある場所が多く、荷坂峠頂上からの景色や紀北町以南の海岸線は、またこのバスに乗って再訪してみたいとも思いました。
夜行バスや高速バスの旅も素晴らしいですが、のんびり景色を眺めながらのローカル路線バスの旅も違った良さがあるなあと改めて実感した、今回の「松阪熊野線」の旅でございました。
(須田浩司)