【浦和】GK西川周作、J1最多672試合出場 実は右利き、最初イヤイヤも「GKで良かった」
<明治安田J1:柏-浦和>◇第13節◇31日◇三協F柏
唯一無二の守護神が、金字塔を打ち立てた。浦和レッズGK西川周作(40)が敵地柏戦でJ1通算最多となる672試合目に出場。元日本代表MFの遠藤保仁氏(46)が持つ大記録に並んだ。05年のデビューからプロ22季目。高いキック精度を武器に年齢を重ねても高いパフォーマンスを維持し、GKという1つしかないポジション、そしてゴールマウスを死守し続けている。
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飽くなき向上心で西川周がJリーグの歴史に名を刻んだ。672試合出場。年間30試合出場を20年間続けてもたどり着かない大記録に到達した。
「個人的にはそんなに今まで意識することはなかったんですけど、周りの方が教えてくれたり、応援してくれてる人が知らせてくれたりして、メディアの皆さんもすごく取り上げてくれて、あ、すごいことなんだなというのは実感が最近になって湧いてきて、本当にこの数字は、僕一人の力では決して成し遂げることができなかった試合数だと思います」
「周作スマイル」と称される笑顔、誠実な人柄で多くの人から愛されてきた。大分トリニータ時代の高卒1年目から21試合に出場。05年7月2日のデビュー戦、横浜F・マリノス戦ではGKながら直接FKを蹴ったことはいまや伝説だ。足元の技術に優れ、キック精度の高さを武器に唯一無二のGK像を築き上げた。
「誰も信じてくれない」と笑いながら実は右利きであることを明かす。「かっこいい」という理由だけで小学時代から左足を猛特訓し、この飛び道具を身につけた。中学時代、校庭で黙々とボールを蹴った。ボールは1つだけ。放った分だけ、取りに行かないといけない。自然と集中力は増した。
「キック力は昔からある程度自信はあったんですけど、精度が全くだったんで。自主練、何がいいかなと自分で考えて、ゴールポスト狙ってみたりとか、ちょっと角度つけてサイドネット狙ってみたりとか、ちょっと距離を伸ばしていってみたいな。最終的にクロスバーを狙ってみたいな」
夕方から真っ暗になるまでひたすら蹴り続けた。「練習はうそつかない」とみるみる向上。「今でもやりますね。原点に帰るみたいな。当たんなくてもいいから、なんか軌道とか、ゴールの高さで、ライナーみたいなイメージで」と長いプロ人生を支える生命線となった。
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現状維持を嫌い、絶えず進化を求める。21年にはまだ18歳だった日本代表GK鈴木彩艶(24)に一時ポジションを奪われた。当時34歳。世代交代か、と誰もが思ったが再びスタメンを奪取した。
翌シーズンからGKコーチに就任したジョアン・ミレッ氏の指導法が転機となった。練習初日に「今までやってきたことを一回リセットしてくれ」と言われた。日本代表まで上りつめた実績十分の守護神。拒否反応を示してもおかしくないが「もがいていた」とそれまでの積み上げを捨て、全てを委ねた。思考が整理され、動きもスムーズに。クロス対応などの技術は飛躍的に伸びた。今も同メソッドを継続し「できなくなったことはないですね。逆にできるようになってる」と下り坂が上り坂に変わった。
カズこと三浦知良(59=福島ユナイテッドFC)に憧れてサッカーを始めた。右サイドバックだった小学4年の頃に、チームの事情でGKに転向。「痛いし怖いし、決められたらGKの責任だし、嫌な印象」。フィールドとGKの二刀流で中学年代まではプレーしたが、気がつけば日本を代表するGKまでに成長した。「GKでよかったと思ってます。GKでもヒーローになれるし、ユニホームの色も一人だけ違うし。いい意味でも悪い意味でも目立てる」。
マンネリは一切ない。引退のイメージも全く湧かない。「もう常にサッカーしたいし、自分の小さい時の夢がプロサッカー選手だったので、それに今なれている。人生の中でこの時間って本当に限られてると思いますし、この時間を楽しもうとも思っています。このクラブにもし『もう必要ないよ』と言われたらまた別のチームで頑張りたいなと思ってるぐらい、もうサッカーしたいです」と目を輝かせる。そして言った。「カズさんの気持ちはすっごい、分かります」。西川周のプロサッカー人生はまだまだ続く。【佐藤成】